一郎君記念事業委員会から私達への贈呈式があります。この記念事業には中條文庫も出来ます。造形美術と建築の研究を主とした文庫です。私は文庫ときくと冷淡でいられなくていつかもし可能であったら、何かいい本を父の名によるこの文庫に寄附したいと考えます。この頃私は自分の性格にこういう一種独特のたち[#「たち」に傍点]を与えて、いろんないやなことや苦しいことを、やはり失われない快活さと希望とで堪えてゆく気質に生んでくれた父の気質というものを、心からありがたいと感じている。益※[#二の字点、1−2−22]このありがたさは痛切であって、恐らく私が年をとり生活の波浪を凌《しの》ぐこと深ければ深いほど、いやまさる感謝と思われます。そして、そのような私の気質のねうちを充分に知っていて、又その光りを暖くてりかえしはげまし、人間らしい強靭さに導いて行ってくれる人のいること。それら全体の諸関係をひっくるめて友情につつんでいてくれる決して尠《すくな》くない友人たちのいるということ。なかなか私は幸福者です。だからよく私は、これらのねうちを活かすのこそ自分の人間及び芸術家としての責任であると感じ、まことに人生というものに対して畏れつつしんだ気持になります。女の生活で、心のたよりになる二三人の女の友達をもっているということさえ、現代の現実ではなみなみならぬこととしなければならないのですものね。
明日あたりお話した籍のことについてもうすこしとりまとまったことを調べて手続をすすめましょう。そして、来月には、はっきりとした私の勉強のプランについてきいて頂きましょう。よくプランを立てて一年に五百枚ぐらい――一冊の本の分量だけの仕事は必ずやってゆく決心です。どんな時でもそのときにしておくべき仕事というものは文学の上に必ず在るのですから。断片的でない勉強をまとめます。これまでは仕事即ち職業としての外との相互関係から比較的短かったから。暮に書いた「今日の文学の展望」百枚はこの種のものとして一番長かったが、どういうことになるか。ゲラのままです、目下のところ。これももっと手を入れたい。散漫なような手紙ですが、これで。猶々お大切に。おひささんがおかかをえらい音を出してかいている。では又
一月三十一日夕 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
きょうはすこし気分をかえるためにこんな紙に書きます。半ペラはいつもこの
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