てやりましょう。
 先刻大畑の何とか云う、富田のおじさんの娘さんの旦那さんで小学教員兼醤油屋の主人が見えました。スマ子さんの御主人です。貴方によろしくとのことでした。大いに反産(産業組合)をやったがあきまへんわいと云って笑っていました。ここいらでも八ヵ村が共同で駅の先に大きい倉をもって醤油の共同醸造をやりはじめていますそうです。肥料・米、やはり扱っています。どことかで近江商人に会って話したら近江辺ではこの子は悧溌《りはつ》だから商人にしよう、大して出来んから学校へやろうと云うそうなが、こっちは逆だと話していられました。長州というところが維新以来もっている一つの伝統、気風というようなものはいろいろ面白いと思います。この頃よくそう思う、いろんな人間のタイプを考えて。
 私の読書は半分よりすこし先に進みました。実に有益です。いろいろと考えを導かれ、それを押しひろげ特色を比較し合い実にためになっています。この何日間がこのおかげで無内容でなくなります。
「生活の探求」は今日の文部省の教育映画となるそうです。
 私の生活のやりかたについても種々考え、出来るだけ単純化そうと思って居ります。主観的に書生らしい気持でいても、客観的にそうでなくて、安部のおじいさんみたいに、今日は、ハイ(とアパートの戸をあけるや否や)ポカポカ。グー、ではこれも困りますからね。格式とかそのほか下らぬものはもとより問題の外だが、そういう方面の格もあってね。滑稽ならぬ滑稽が生じます。なかなかおいそれとゆきません。御賢察下さい。考慮中です。いずれにせよこの夏じゅうは今の家をかわりません。こちらでこれだけ暮し、又急にあれこれしては、余り仕事が中断されていやですから。
 この頃の文学は本質の発展がとまって、心理的な身躱《みかわ》しがすこし動きのように見えているという有様です。作家の生活の生長が全般に問題にならぬような状態におかれている。
 よく暮したいと思います。熱心に、人間としての確信をもって生きる生きかたをしたいと思います。そのためには、本当に下らない日常の居場所(心と身との)その他についてさえ益※[#二の字点、1−2−22]敏感と健康な清潔さが必要です。それの可能な条件を少しずつでもより多くと生きてゆくことが中心的な努力であるようです。
 お体を本当にお大事に。お願い申します。私はすこし盲腸があやしいが微かな
前へ 次へ
全237ページ中61ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング