R。それ限りでした。
翌十一日は母上がお見舞にゆかれ、私が家でお父さんの守《もり》をしていた。午後三時すぎ母上おかえり。やはり時間の問題と思うとのことでした。医者も今明日が危期という。お父さんは丁度九日位に血尿があって、それが鎮静していらっしゃるが、これらのことで興奮なさり、食欲不振でした。カンシャクも起った。それやこれやを話して、私は本をよみながら裏で風呂を焚《た》いていたら、様子がわるいからすぐ来てくれという電話です。母上、今おかえりになったばかり。すぐ達・隆がトラックでゆきましたら隆がとってかえして来て、もうおなくなりになったとの報知です。呆然としました。それから母上、私、隆と野原へ出かけました。出かけようとしたら、父上、母さんを呼び止め、「俺がゆかれんから二人分してやってくれ」とおっしゃったそうです。隆治さんは初めて近親の死に会って非常にショックをうけました。激しく泣いた、私は、涙が胸の内側に流れるようで。(もっと複雑な感じ。時代的にも人生的にも様々の思いの輻湊《ふくそう》した)
富雄さんは十一日の朝、克子は御臨終の直前にかえりました。講中の人々が来ている。あわただしい人の
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