的に)分るでしょう? このひとは楽器のつかいかたが面白く、太鼓のつかいかた(雷)として実に芸術的につかいヴェートウベンのパストーラルの嵐の太鼓のように説明的でない。又或場面、楽しき野原が次第にそこでのシニスタースの光景を予想させながら最後には遠雷と鳥の声とでやや「枯枝に烏とまりけり」の灰色と黒を印象づけるところ。そして、この全体の曲に、一つずつモーティブとなり得る要素が沢山あってなかなか刺戟された。私が音楽家であったらきっと今日こんなにしていられないでしょうと思う。メイエルホリドの音楽をつくったりして、二十一二歳で第一シンフォニーをつくったシュスタコヴィッチの音楽は、現物をきいたとき深い疑問を感じた。又写真にあらわれている相貌からも疑問を感じていた。音楽がフランスの後をついている外《ほか》何があるのかと疑問だったところ、この間新しいオペラのコンペティションのようなことが行われ、「ティーヒドン」(デルジンスキー作曲)、この男の「|マクベス《オペラ》夫人」(|明るい《バレー》小川)が並んで上演され、明るい小川、マクベス夫人は絶対的に否定された。これは題を見ても文学をやるものには内容がわかり
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