繽\二度、きのうは、朝のうちそちらへ出かけてやっと夜着をとって来て、それから小さい例の茶色のスーツケースに本や着換えをつめて、四時に東京を立ちました。寿江子が横浜まで送りに来て、あとは私一人。この頃国府津は小田原にすっかり交通要点をとられてしまって、この頃は準急もとまらない。但し、街路はすっかりコンクリートになって、家の前の私たちがのぼった古松の生えた赤土の崖などはどこにもなくなってしまった。そのことは多分去年の夏、あなたに其那スポーツは体の弱っているときにするべきでない、と云われたドライブで家の前を通ったときの印象で書いてさし上げたと思います。庭は芝生になっている。母が没した後父と来たとき植えさせた合歓木《ねむのき》が風に吹き折られもせず一丈ほどに成長している。
 私はこの間のハガキに書いたようにラジオのやかましさを聞いて机に向っていると、炎天の空がくしゃくしゃ皺になって感じるような神経の工合になったので、本当に本当に思い切ってこっちへ来ることにしました。相変らず仕事をもってではあるが、ラジオがガーガー云わず、来客がなく風が吹くのだけはましです。きのうはいい月夜で、窓からあまり海上が
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