午後三時前。
二階の部屋。父上は今おやすみ中。さっき隆治さんが一寸かえって来て御昼を土間で食べて、又仕事に出て行ったところ。すこし風はあるがいい天気の日です。裏に面した窓をあけ放して、山や農家の様子を眺めながら、私はさっきからあなたのこちらにおよこしになってある手紙を整理して、さて、いろいろとうちのことを申しあげようと思って。――
お父さんの御容態は電報やハガキで一寸申上げたように大変平静です。食慾もおありになり、朝二膳ひる三膳夕三膳ぐらい、おかゆと御飯とをあがります。おさしみや野菜をあがる。カステラ、ういろう[#「ういろう」に傍点]等もあがります。いい舌をしていらっしゃり、通じも一日置き自然についていて、この四五日は用便も御自分でおわかりになるようになり、皆々大よろこびです。皆夜中の間のコタツのまわりに集り、お父さんのまわりを囲むと、いかにもうれしそうな御機嫌で、ニコニコなりづめです。御飯を私がサジでたべさせてあげ、臥たり起きたりのお手伝いもしてあげますが、お母さんのお上手なのにはかなわない。何かやっていらっしゃるのを此方でよくよく観ていると、やはり急所があるのです。そこをエイヤッと私も真似をするの。「お后《ゴー》[自注10]や、一寸来て」お父さんはお后《ゴー》様なしでは立ちゆかぬ有様で、又お母さんが、明るく、てきぱきと、優しくしてあげていらっしゃる様子というものは実に見ものです。美しいというべき眺めです。達ちゃんにしろ隆ちゃんにしろ、病人として片づけず、生活の中心において実によくやっている。何とも云えない親しさ、睦《むつま》しさ。私は、林町のうちの睦しかった、その性質とここの人たちの睦しさの性質とを考え比べて見て、斯ういう一家の仲間に加われる自分を仕合わせな者だと深く感じます。そのことは、深く、深く感じます。あなたは、本当に立派な御両親や弟たちをもっていらっしゃる。心からおよろこびを申します。こういう心持の暮しというものは、人工的にこしらえようと云ったって出来ぬことです。全体の気分がね。私は、お父さんの扱われていらっしゃる様子を見て、親切とはかくの如きものと感服している次第です。単なる丁寧ではありません。いろいろ私は感動いたします。
家の財政のことは、お母さんから詳しく伺いました。丁度二月の七日に講の整理がついて、お祝をなすった由。十日ばかり経ってお父上が
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