論に力点があるの。
 私の誕生日は謄本には二月十一日でしょう? 十三日なのです。何を間違えたのか。ずっと間違いっぱなしです。私はこの頃益※[#二の字点、1−2−22]夜仕事をするのがいやなので、なるたけ午後一日じゅうの仕事をするようにします。夜ちゃんと寝て、朝起きる、そういうのでないと私にはつづかないから。
 中野さんが三四日前、銭湯の洗場で滑って左腕の肱の内側をガラス戸へ突込んで深く切り、小さい動脈を切ってしまって、手術をうけ目下臥床中です。あのひとは今年の正月はスキーに行って右肩を雪につき込んでくじいてしまったし、怪我がつづきます、もう然し心配はいらないのです。
 島田の方ではお父様ずっと平調でいらっしゃるらしく何よりです。前の手紙でお話ししたように私はもしかくり合わせたら三月二十日頃から出かけます。四月十日頃までの仕事沢山ありそれを全然しないことは出来ず、その点をも考えて。おくりものは、やはり万年筆にします。ペン軸でもし非常に恒久的なのがあればよいが。今つかっているのはもう十四五年になるが、それでこわれたりしてはいやだから。私はこわれないの、折れないのが欲しいから。古典も、大抵揃って居りますが、書簡の部分を、うごかして、それきりどうかなってしまっているから補充しましょう。
『学鐙』、『アナウンスメント』等現在のはお送りしあとは丸善に注文しました。貴方の方から御注文であった本の目録は別封でお送りいたしましょう。これはこれとして。今年の春は、本が三冊も出て、傍らものも沢山かき、賑やかな時です。しかし、執筆のレベルは一つよりは一つへと高まらなければ意味ない。昔よりずっとずっと勉強です。又自らちがった形で。
 私は今年の記念にそしてあなたが三十歳におなりになったお祝いに、私たちの蔵書印をつくるつもりです。もう自分から本を売るようなことはしないから。お体をお大切に。皮膚がゆるんでカゼを引き易いからお大事に。

 三月五日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 目白より(梅の花の写真の絵はがき)〕

 三月五日 金、春の北風。
 きのうは半紙のお手紙をいただきうれしく早速返事をさしあげました。昨夜は国際ペンクラブの大会でアルゼンチンへ行った藤村の歓迎会へよばれ、芝公園の三縁亭という珍しいところへゆきました。
 上野の精養軒のようなガラリとした、もっとオフィシャルな感じの店で、会にも文芸
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