から、簇生《そうせい》していて相互関係の動きと根本に統一がない。あなたのおっしゃるとおりの原因なことは明かです。
 あなたの時計は直って来て、この机の上にあります。金時計というのは、私は全く見なかった。賄のこと、まことに残念ですがまだ分りません。きょう島田からお手紙で、お金がつき、大変よろこんで下さり、よかったと思います。達治さん達も一層本気で働く気分を励まされていると仰云っています。よかったわね。光井の方へは、この暮は、冨美ちゃんへの本(『小公子』やその他)と何かお送りして、お金は来年三月です。
 あなたの腹巻きも、栄さんと新工夫したのをもうじきあめてお送り下さる由。今度のはきっとなさりよいでしょう。
 本月六日に、曾禰達蔵博士が八十六歳で急逝されました。私はお祖父さんに死なれたようで、その夜お挨拶に行ってお姿を見たら大変涙がこぼれました。この方の生涯のこまかいことは知らないが、長州萩の人の由。漢詩などをやる(文学のことでしょう)のが好きであったが、家が貧しくて給費生となるには当時(明治以前)工学でなければ駄目だった。それで工学をやるようになった、と述懐された由、長男は理学博士で物理です。お前は其故好きな勉強をしろといわれた由。
 事務所は十一月中に第二段の縮少をして、一月からは名儀も国男一人のものとなり、老人は隠退されることになっていました。国男もこれからは全く独力です。今の情況ですから建築は一般に困難です。
 明日ごろ、可笑しい虎の絵の手拭を送ります。色のついた虎、虎年ですから。壁の比較的よい装飾になりますから、お正月には古いのとかえておつかい下さい。タオルねまき、初めは幅がひろくすぎるかもしれませんが、こんどは洗ってもちぢまりません。普通に召せるでしょう。
 では猶々お大事に。この手紙は下旬につくのでしょうね。私はもう四五日のうちにお目にかかりにゆきますが、二十日すぎてから着くかと思うと何か一寸した言葉があげたい。一寸、胸のところに吊っておくような。
 many many good wishes という云いかたは、謂わば暖い掌で背中や肩を親しくたたくような表情ですね。では又。

 十二月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十二月二十五日夕方。第四十四信
 十二月十五日づけのお手紙ありがとう。それについてはかくとして、とにかくこの手紙がそち
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