ノあるこれほどの愛情が当然に必要とする具体性としてこのゲンマンの指を出します。ではこのこと、きっと。

 十一月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(演劇「土」の舞台写真の絵はがき)〕

 十一月十日。八日の雨の中を、うちのおひささん同道「土」長塚節を見ました。演出岡倉士郎。小説「土」にはない節自身を出しているが、高志の進歩的性格は漠然としている。おつぎ山本安英。勘次薄田。平造本庄。これは勘次が平造のキビの穂を苅って見つかったところ。
 大体面白く見られました。満員。壽夫さんに逢いました。呉々よろしくとのことでした。

 十一月十一日夜 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十一月十一日の夜。 第三十六信
(きょうはじめて勉強部屋へ火鉢を入れました。今鉄びんの湯が煮えたっていい音を立てている、但しこの湯はのめず。咲枝がさびさせてしまったのを持って来たのだから。オ薯《いも》のシッポでも煮てアクを抜カネバナラヌ)
 十一月二日のお手紙がけさつきました。この頃は先のうち、一週に一度ずつ日曜日か月曜ときめて待っていた心持はなくなって居るけれども、やはり朝第一に、ホーサンで眼を洗うより先に、テーブルの手紙束をひっくるかえすのを見ると、結局絶えず待っているということになる。慢性なり。
 秋晴れのような明るさと澄んだ力のある手紙をいただいて大変大変うれしい。ありがとう。古い頃書いたものをそういう風に読んでいただいて、何と云っていいかしら。頬っぺたの両方へ、小さい灯がついたような感じです。それにつけても、『冬を越す蕾』、『乳房』、『昼夜随筆』そしてこの頃書いているものを読んでほしいと思う。あなたに読んでいただくことが出来ない、そういう事情が、私を自分の仕事に向っておろそかならざる心持にしているというのは何と面白い関係でしょう。体はこの頃よく気をつけているし、すこしゆとりをつけているので大分ましになりました。残暑頃と秋の初めはへばっていたが。長い小説は、第一が「雑沓」80[#「80」は縦中横]枚、「海流」97[#「97」は縦中横]枚、「道づれ」65[#「65」は縦中横]で、私のプランの第一の部分の三分の二ばかり来ました。この正月『文芸』にのこりの部分をすっかりのせてしまいたいと思ったが、三笠から出ている『発達史日本講座』の現代に今日の文学50[#「50」は縦中横]枚を十月一杯
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