、べのようなものもお目にかけます。何卒《なにとぞ》幸に御笑殺下さい。

 九月二十八日夜十二時。 〔宮本三郎筆「牛を牽く女」の絵はがき〕
 大変おそく書いて、しかられそうであるけれど、今、きょうの分だけ仕事を終って比較的満足に行って、一寸あなたとお喋りがしたい心持。お茶を一緒にのみたいとき。原稿紙の上に、こまかい例の私の字でごしゃごしゃと(一)[#「(一)」は縦中横](二)[#「(二)」は縦中横]という下に書きこんであって、そこから様々の情景と人々の生活が歴史の中に浮上って来る。何とたのしいでしょう。私は『あらくれ』や、『新女苑』や『婦公』に、新しい署名のものを送って、たっぷりして仕事している。

 十月一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(国枝金三筆「松林」の絵はがき)〕

 十月一日の夜。仕事が熱をもって進んでいる。雨だれの音。鶴さんが工合をわるくして心配しましたが、もうややよろしいらしい。あなたはいかがでしょうか。雨つづきで気分がさっぱりなさらないでしょう。
 この仕事を五日の午《ひる》までに終って、六日はお目にかかりにゆくのを御褒美のようにたのしみにして、せっせとやっている。ミシェルというフランス人がモンパルノという小説をかき、今大家であるモジリアニが一枚たった六フランでパン代に売った絵が一年後一万一千フランで売られたことなどかいていて、いろいろ考えさせます。

 十月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 広島駅より(広島駅の絵はがき)〕

 十月九日朝五時四十分。広島でののりかえ。このあたりでは構内のランプもすっかりくらくなっています。兵隊さんがこの食堂にも沢山。雨はやんでいます。七日の夜は仕事を片づけるために眠れなかったので、八日の三時に立ったときはフラフラ。十時頃までウトウトしていて、寝台が出来たので五時間ばかりよく眠りました。馴れたのでこの前より近いように思います。島田でびっくりなさいましょう。

 十月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県熊毛郡島田村より(封書)〕

 よく晴れたお天気。今お父さんはお休み中。多賀ちゃんがおひるの支度をしている。お母さんはどこへかお姿が見えない。私は店で新聞をよんでバットを一つ売って、今上ってきてこれを書いているところ。
 きのう八時四十何分かについて、改札のところを見たら多賀ちゃんがでていました。小さいトランクと中村屋のおま
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