いろと又身にそえて分ってきたことがあって、私は心からあなたにお礼を云いたいことがあるの。あなたが、一つ一つと私たちの本質的な生長のために必要でないボートを私にやかせることが、どういうことかという真価が次第に明瞭にわかってきて――自分の生活感情に新しく加って来る推進力の新しい発見の面から分って来て、私はそのことについて心のもっとも深いまじめなところから、改まってあなたにお礼を云いたい心持なのです。私はどのボートがない方がいいかを洞察し得るものは、私をその上に泛べている広い、たっぷりして活々した愛情なのであるから、その意味でも私は何だか鞠躬如《きっきゅうじょ》とした気持になる。この頃私は自分たちの中にあるそういう貴重なものに思い及ぶ時、感動から涙をおとすことがある。自分たちの生きてきた五年の歳月というものの内容を考えて。――普通のもののけじめで五年が一区切りになるばかりでなく、今年は私の生涯にとってなかなか一通りでない意味をもつ内的な問題が発展させられた年でした。
 あなたには私がこんな妙な切口上のようでお礼を云ったりするの、おかしいかもしれないが、笑いながら、ユリのばかと笑いながら、やっぱりそれでもあなたにも分る我々のよろこびというものはあると思うの。抽象的に云っているがお判りになるでしょう。いろんな、文学的なおしゃべりや何かとは一寸別にして、この手紙を出したい心持があるのです。
 私は自分の誠実さによってだけ遅々としてものを理解し、本当に会得してゆくたちの人間だから、あなたは良人としてある場合は少なからぬ忍耐をも必要とされます。あなたの忍耐の結果が必ずしも無でないところに私としてのよろこびもある。暑い最中に暑くるしいお礼をのべておかしいが、お互に暑さに堪えている折からのおくりものとしてはなかなかに新鮮なものなのですから、どうぞおうけとり下さい。

 八月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(はがき)〕

 この頃ハガキが新しくなりました。見本をかねてお医者様の名前をお知らせ申します。慶応大学病院外科|元木《モテギ》蔵之助氏です。この方は日本での権威です。では又手紙は別に。

 八月十五日午後 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 八月十五日 日  第二十四信
 きのうは、腰をかけていらっしゃれたからすこしは疲れがましでしたか? 本当におやせになったけれども
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