ニも食べず。寿江子はきのうアパートへ荷物をもって来て、さっき見に行って来たところ。東と南が開いていて落付きます六畳で19[#「19」は縦中横]円。夕飯をすましたら銀座の三越へカーテンを買ってやりにゆく。目下小説についてコネ中。可笑しいことにはこの三日ばかり前から一匹の猫がどこからか家へ来るようになりました。おとなしい灰色と白。夜は皆猫を大して好かないから閉めます。すると、朝私が茶の間に坐ると出て来て決してよそにゆかない。この猫は随分間抜けです。猫なんて好かない人にこんなになつくものでないのに、可笑しい奴! 今これを書いている足のところに丸まっています。そしてニャーゴォなんかと鳴けず、変な声でギューギュー鳴いている。
 M子は近所のアパートへ四、半の部屋をかりて暮すことになりました。四十円の月給とりです。自分でとる金で自分の生活をやって見ることが必要だから。
 十六日の午後 曇。よそでピアノの音。仕事をこねている。大体まとまる。そして、気持がのって来る。
 二十日の夕方 六時。
 今日は日曜日で、うちはワルプルギスの夜ですよ。寿江、M子、その他の連中が集って来ている。いよいよ仕事にとりかかる。昨日はそちらへ徳三さんの細君が初めてゆくので案内がてら様子を知るためにゆきました。この手紙いつ頃御覧になれるのかしら。
 暑くなりましたからお体を猶々御大事に。単衣《ひとえ》をお送りいたします 手拭シャボンと。では又。

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[自注14]巣鴨拘置所――一九三七年六月十一日、顕治は市ヶ谷刑務所未決から新築落成した巣鴨拘置所へ移転した。
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 六月三十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 六月三十日 雨  第十七信
 私たちは同じ区内に住んでいるのに、お手紙はやはり半月かかってくる。何と不思議のようなことでしょう。十六日づけのお手紙ありがとう。蒲団の綿が切れていた原因についてはまことに何とも申しようなし[自注15]。私は心からあなたの膝小僧を撫でてさしあげます。
 十九日には徳さんの細君についてそちらへゆきました。そして一寸差し入れをしておいたが、あとはそちらでもうおやれになっているでしょうか。合シャツは去年のよ。昔のはもう使って居りません。ギューギューというのは洗ってちぢんだのかしら。中野さんはあの字典を『中央公論』に書いた小
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