いのです。本のよみ方も知っている。
太郎はこの頃、自分をアーボチャンと云い、いろいろの単語を喋り、なかなか可愛くよく発育しています。今度お目にかけます。大きいということが云えず、アッコオバチャンと云い、コの音の出しようをクの間のように喉音で出します。
今年のうちに青山の墓地の始末をして父の墓標も立てなければならないので、そのデザインが出来上りました。なかなかいいデザインです。早いものでもう間もなく一年です。
先日、島田からのお手紙で、達治さんがかえられて皆およろこびの御様子でした。光井からもお手紙いただきました。あちらにも上林の松葉茶をお送りしてあります。召上っているらしい。今年のうちに着く手紙としてはこれが終りかもしれませんね。私は体も大切によく勉強もしているから本年は本年として心のこりなく送ります。お体を重ね重ねお大切に。くりかえしそのことを願います。
十二月二十日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕
十二月二十日 雨 第二十四信
この手紙は来年になって御覧になるでしょうか。それとも今年かしら。きょう、十二日付のお手紙をいただきました。小包で厚いシャツ、袷せが届きました。きょうは日曜故、明日夜具のエリをお送りいたします。あの小包を見て、こちらからのシャツの入れようがおくれたことをさとりました。御免んなさい。
小野さんの没されたことについて計らず同様に感じたのは当然ではあるが、やはり何か心に微笑がわきます。生を貫徹するために死をも貫くのであるが、そういう実質において価値ある生命のねうちは実に高く、手前の勝手で粗略には出来ない。この頃、連続的な仕事をもっていて、盲腸などやったから、かえって体のもちかたについて真面目になりました。よかったようなものです。それにいろいろな雑誌の切抜きなどの整理(評論のための)新聞のせいり等、はっきりその必要とやりかたが分った折から、M子さんが小遣いも入用なので、一週定期的にセクレタリーをやってくれることになり、あなたからの本の御注文も古今未曾有のカード式整理方法によって整理されました。やっと御安心下さいと申せるようになりました。私も本当にホッとした。一人では全くまわりきれなかったのだから。M子さんは詩人的なテムペラメントでたのしみ愛しながらそういう仕事をもやってくれます。新しい生活の希望をもってやって居ります。
宏子の出発を祝って下すってありがとう。今度の小説では、社会の各層の縦断です。ゆっくり、根気よく、仕事に要される持続力の全幅を傾けてやりましょう。
M子のために買ってやったフランス語の第一課を見たら〔欧文約十八語抹消〕「忍耐は日常不断の勇気である」又〔欧文約十二語抹消〕「天才とは永き忍耐である」等、一寸洒落た文句があって、これはあなたも目をおとめになりそうであるから、お互のクリスマスプレゼントマガイにいたしましょうか。本年末は島田、光井の方へ毛布二枚つづきお送りしたのみならず、自身のために『ロンドン・タイムス』の文芸付録とアメリカの『THE NATION』誌を一年予約しました。いいでしょう? 英語、ドイツ語は寿江子、フランス語はM子と分担してヨチヨチやって貰って、自分は日本語専門でやります。ところが寿江子の英語もまだまだでね。努力だけは買ってやります。父の本のために三十枚ほど彼女もかきました。
私は何だか、あけましてお目出とうという気もせず、ただお互に来年は体をましにしてそれぞれのやりかたでの勉強をやりましょうという心持だけです。三六年は全く体というものについて新しい経験を重ねましたから。『新潮』は新年号に十五枚ぐらいの小説を十五人ぐらいにかかせているが、批評によると、短篇アンサンブルとしての効果なし。稲ちゃんも大変スタイルに留意して試みている。矢田津世子が書き、たい子がかいている。俊子さんの第三部は(第二世の小説)『改造』二月に出るでしょう。俊子さんにしろ彌生子さんにしろ、女の作家が年齢に比べて若いということ(作品において、主題において)、このことは、よしあしがあるが、一面には永久に求めざるを得ないものを女が正直に追求していることによって若いとも考えられ、なかなか興味があります。一昨日「含蓄ある歳月」という七枚ばかりの彌生子感想を『帝大新聞』にかきました。私は一月中に評伝を完結して、四月頃つづきを発表します。盲腸は切りません。きらぬ方がよい由。私、もしかしたら盲腸ぐらいもっていてアラームベルの役をさせた方がいいかもしれない、夜更しをするとジリジリ! たべすぎそうになるとジリジリ! 仕事のときは、但シベルがなり出したら、あなたの目ざましのように足の方へ蹴込んでしまう? まさかね。
明後日ごろお目にかかりにゆきたいと思って居ります。『プーシュキン全集』はまだ出て居りません。文芸時評的なものを年内に二つかきます(『文芸』『文芸春秋』)。
本当にこの手紙は、去年《こぞ》とやいわん、今年とやいわん。
底本:「宮本百合子全集 第十九巻」新日本出版社
1979(昭和54)年2月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
※初出情報は、「獄中への手紙 一九四五年(昭和二十)」のファイル末に、一括して記載します。
※各手紙の冒頭の日付は、底本ではゴシック体で組まれています。
※底本巻末の注の内、宮本百合子自身が「十二年の手紙」(筑摩書房)編集時に付けたもの、もしくは手紙自体につけたものを「自注」として、通し番号を付して入力しました。
※「自注」は、それぞれの手紙の後に、2字下げで組み入れました。
※底本で「不明」とされている文字には、「〓」をあてました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:柴田卓治
校正:花田泰治郎
2004年7月30日作成
2009年2月27日修正
青空文庫作成ファイル:
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