は『文学案内』に。
 私はゴーリキイをこのように愛し、食べ、学び、そして、アメリカ流に云えば through になってしまおうとしています。トルストイとも比べ、この二人からは何という滋養の吸いとれることでしょう。トルストイが若かったゴーリキイのことを、「頭はわからない。ひどく混雑している、が人間として非常に知慧がある、フム」と云ったことは興味あります。二人はなかなか噛みでがあります。
 ゆうべは良さん、ター坊の親たち、重治さん、栄さん夫婦などと、どじょうのおつゆをたべて大変面白くいろいろ――アンデルセンの自伝のことその他を話しました。
 きょうは、手紙をいただいて、笑い出しつつ握って振ったゲンコをこのような形にかえて御目にかけます。

 七月二十三日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より(有島生馬筆「ある種の肖像画」の絵はがき)〕

 七月二十三日。きょうはお目にかかるつもりで出かけたところが、生憎加藤氏がお休みをおとりになっているので都合がつかず残念をいたしました。なかなか暑気が厳しいがいかがですか。盗汗《ねあせ》は出ませんか。熱は? きょう中川によって昨今のまま一ヵ月お弁当をつづけておきました。夜具も持ってかえりましたが、あれではこの冬お寒かったのではなかったかと思いました。やっぱり細かいところが御不自由であったと考えられます。毛布のカヴァーは駄目です。夏向のカケ布団は昨年のがそちらにあると思いますがいかがでしょう? 白地の麻単衣をお送りいたします。来月十日過にはお目にかかれ〔約四字抹消〕
 トマトはまだですか。

 七月三十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 午後の六時前。食堂で。 第四信
 この数日来の暑気の烈しさはどうでしょう! 栄さんのところへのお手紙を見せて貰ったら、夏らしい気候になり、と書いてあったが、私はそういう余裕ある気分でこの暑さを感じることのできない心持でした。八年来の暑さだそうです。熱の工合はいかがですか。汗と盗汗との区別がおわかりになりますか? 食欲はあるでしょうか。今年の夏は久しぶりで私が家にいるから何とかしてすこしあなたも凌《しの》ぎよくしてあげたいと思っていたところ、休暇で工合わるくなり本当に残念です。
 これは暑い、そう思い、そちらの様子を考えると暑さは又更に独特の汗を私にしぼらせます。この頃は暑さで夜中に目をさまし、又あまりよく眠れないくらいです。そちらではよくお眠れになりますか。少しは風通りはありますか。
 うちの連中は暑さで閉口しながら元気で、太郎はこの頃小さい黒ん坊のように半裸で暮して居ります。大きい青桐の下に大タライを出してそこへゴムの魚《オトト》や軍艦を浮べ、さかんに活躍です。スエ子の糖尿がいい塩梅にこの頃は少しましです。でもずっと注射して居ります。私はオリザニンの注射カムフルの注射で飽きあきしてスエ子の一日に二度の注射を傍目《はため》にも重荷のように眺めます。スエ子は目下職業をさがしています。
 きのうは、繁治さん、栄さんや徳さんの奥さんなど皆で夕飯をたべました。徳さんもこの暑いのに可哀そうに[自注7]。
 その前晩は、健坊[自注8]のところで珍しく夕飯をたべ、九時半頃になってそこらへ涼みに出ようと、これも栄さんを加え四人でぶらりと出たらどうも水の流れるのを見たくてたまらず、どっかへ行ってみようと私が云い出し、両国の河岸までのしてしまいました。何年ぶりかで夜の大河を眺め、なかなかいい気分でした。惜しいことに河岸でゆっくり腰かけやすむところがなくてね。どこかお台場かどこかへ小さい船の出る浮棧橋まで出てみたら、モーターボートが通ると波のうねりでその小さい四角な棧橋がプワープワーと揺れてね。丸まっちい私は平気なようなこわいようなの。鶴さんは例の「百日かずら」の頭を風にふかせ、竹の御愛用ステッキ(これは文壇漫画にもかかれます。体は細い、だがステッキの太さよ。という工合で)を顎の下に突いてしゃがんでいたが、やがてホラどうだねと立って左、右、左、右と脚をひろげて力を入れ、小さいフワフワ棧橋をなおゆすろうとするのです。ところが不覚にも、その棧橋の陸につないであるところに私と栄さんと合計三十何貫の重みがずっしりとかかっていることに心付かず、私が「十二貫じゃ無理よ、こっちはこの通りなんだからね、」と云ったのでナアーンダとあきらめ、いねちゃん、大笑い、帰りに盲滅法に歩いたら明治座の横のプラタナスの大変綺麗な並木のある新しい公園へ出て、震災後のこの辺の新鮮な風景を味いました。明治座八月興行の立看板が出ていて「彦六大いに笑う」三好十郎作、杉本良吉演出、井上正夫、水谷八重子、岡田嘉子などと出ていて、これも面白くみました。私は先日来、ゴーリキイの研究を本にするために大変勉強したので、
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