ね、面白かった。楓《かえで》の若芽の下に朱の房のような花が咲いている、楓の花というものは四月の今ごろ咲くのですね、私はさっき林町の庭を歩いて青い芽の美しさでボーとなるようでした。一九三五・四・十四日、これで終り
四月十八日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より(封書 まき紙に毛筆書 表に「戸籍謄本壱通領置」とある)〕
きょうは又寒い雨がふります。庭の紅椿花がぬれて、雨だれの音がしきりである。今島田のお母様に手紙をさしあげました。そのついでに私の斯ういう手紙を御覧にいれます。
いつぞやお話のございました配偶の改姓に御いりになる戸籍謄本を同封いたしました。
近日中おめにかかりたいと思って居りますが、とりあえず謄本をお送りいたします。
四月十七日
四月二十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より(赤城泰舒筆「雨海を渡る」の絵はがき)〕
第十二信の別。四、二十一日
きょうはもう初夏のような気温で、八重桜の花びらが庭へ一杯ふきこみます。冬の間に枯れてしまっていると思っていたバラの幹から、さっき庭へ下りて見たらサンショの芽のような芽生えが出て来ている。弁護士は面会にゆきましたでしょうか。どうかリンゴをよく召上れ。袷おそくなってすみません。
五月九日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より(はがき(1)[#「(1)」は縦中横](2)[#「(2)」は縦中横]〕
五月九日午後、林町にて。(1)[#「(1)」は縦中横]
きょうは何と暑いでしょう。私はもうひとえを着て居ります。そちらもきょうのような日はお困りでしょう。三日におめにかかって帰りましたら倉知の叔父[自注6]が(六十九歳で)午後四時に亡くなり、三四日そのために忙しく、私はカゼをひいてひどく咳が出ましたがもう大丈夫です。咲枝は後のことをいろいろ心痛して居りますが、太郎のお乳のことを考え、気をしっかりもって居りますから感心です。きょうは父がおなかをわるくして二階で臥床中。私は食堂でこれを書きます。風の音がストーブの中でボーボーいっている。
(2)[#「(2)」は縦中横]先日腹巻はもうお送りしてあるように申ましたが、やっぱりこちらにありましたからすぐお送りいたしました。もう召していますか? 急にこう暑いので、私は少しあわてて居ります。いそいでセル、単衣羽織その他さしあげましょうね。御注文の本、一冊だけ
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