又曇って寒いこと。用事を申しあげます。島田父上からお手紙にて、松山の学校の頃のお金は八円何銭とかであったが、それはもう当時に支払ってあるから安心するようにとのことでした。島田では達治さん御入営後、いい運転手が来て車を大切にするので母上およろこびです。リンゴをお忘れなく召上って下さい。
三月十七日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より(封書)〕
第九信 二月二十日の夜。かき始める。風が強い。遠くに犬の吠える声がする。
きょう島田から達治さん入営の時の写真が届きました。島田のお家の前の往来に一杯御父上、母上、軍服を着た達治さん、むっつりした隆治さん、国旗を手にした信吉叔父上その他を中心に見送りの男の人達が円く溢れたところをとったものです。あの狭い往来のこちら側からむかい側の軒下まで人でつまっていて、もしバスがあのときやって来たら、きっとバスの方で待たなければならなかったであろうと思われるほどの盛況です。御母上様が丸髷でお手をちゃんとそろえ、いかにも「……ちょります」という風におうつりです。達治さんはすこし人に当てられ気味の表情です。幟がいく本も立っている。私の分としてこしらえて下さったという黄色いメリンスのというのはどれだろう、これがすこしダラリとして重みがあるようだからこれかしらなどと栄さんと話しました。きょうはもう一つ写真が出来て来た。それはいねちゃんと私とが大きいアルミの薬《や》カンをかけた私のうちの茶の間の火鉢をさしはさんでとったもので文学雑誌のひとがとったのです。いつかやはり別の文学雑誌が私の机の前にいるところを横からとったのがあった、それに似ているという話です。
きょうは二月二十日で、いろいろの感想をもって暮しましたが二十三日におめにかかりに出かけますから、この手紙よりどっち道私が先にお会いすることになりますね。
何とおかしいのでしょう。今これを書いていて、あなたのお体はどうかしらと考え、それを伺うと、実際は私がお会いした後の御様子をきくことになるのですものね。
着物のことも、そのほか本のことも、おめにかかって伺いましょう。きょうは久しぶりで机の上に赤いバラの花を一輪買いました。きょうまでは、正月の二日に国府津の山で採った梅もどきの実をさして居りました。よくもちました。
私は今、どういっていいかしら、一寸面白い心持でこの手紙を書いて居るのです
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