この前の手紙で申しあげましたとおり。それで様子を見に、二十九日でしたか、雪の中を林町へ行く前、グレタ・ガルボがクリスチナ女王という写真をとり、大変立派だという評判はもうずっときいていたが、机にかじりついていて、もう昭和館とかでいねちゃんが見たときいたので、私はバカネ、それが戸塚にあるキネマだと思って高田の馬場で降りたら、あるのは戸塚でチャンバラ。しかし、何か見たいので本郷座へ行って、下らぬ漫画を見て、下らぬ映画はかくも下らぬ。駄作小説の如しと感じて林町へ行きました。父はしっかりしているし、がんばりなのに、そして若々しいのにびっくりし、私は自分の思いやりが常識的であるのを感じた次第ですが、父はちゃんと自分でのんきに、正月をおくるプログラムを立てていて、私の心配はそれはありがたかった、というところで終りました。どこへか古い友だち二三人と小旅行に行く由。これで私ものんきに大晦日を迎えたわけでした。(ただあなたのところへ味の素その他もうないに違いない日用品を入れてさし上げるのが間にあわなかったので相すまなく存じましたが)大晦日は大層賑やかでした。
 元日、急に夕刻になって思い立って、健坊づれ私といねちゃんと三人で国府津へ出かけました。汽車の都合がわるくてあちらについたのは一時頃でした。今あの往還は海浜のプロムナード国道になるので幅をひろくし、コンクリートにする下拵えですっかり掘りかえされて居ます。もし門がしまっていたら、私が押すからいねちゃん崖をのぼって下さいと云い云い行ったらいい塩梅《あんばい》に門はあいていて、白く浮んだ建物の上に、松のかげの上に空一杯の星。
 マア何て沢山の星なんだろ。気味がわるいくらいだね、そういいながら仰ぎ見ました。東京とちがうねえ。それからその晩はすぐ眠って、次の二日の日は、三人で海岸ではなく山の間を散歩しました。そして私は美しい梅もどきの枝を見つけて折ったり、紅葉した木苺の葉を見つけたり、いね子は「いいねエ、何ていいんだろ」、あなたこなた眺めつつ二時間も歩き、健坊は臆病もので、いかにも町育ちらしく、山の小路が坂になっていたり、崖だったりすると尻ごみして「かアちゃん、あぶないよ!」と後を振りかえって云うの。「何だ健坊よわむしだね、百合ちゃんはこわくないよ、ホラ、何でもないじゃないか!」そういう工合。帰って、その晩はストーヴの前でいろいろ夜ふけまで
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