かして、とろろで御飯をたべ、それからお風呂に入って、二階へ上ったという順序です。林町の父が私のお風呂好きはいたく評価してくれて、それはそれはたっぷりいいのをくれました。フロはあるし、こせこせした心配はないし、その上、この土曜日から小学校は正月休みでしずかだし、仕事は面白いし、私もやはり些《いささか》の懸念もない有様です。
 小学校について、この前の手紙には大してやかましさが苦にならぬとかきましたが、その後、あなたにアンポンと云われそうなことになったのです。やっぱり喧《やかま》しいの。初めはなぜやかましくなかったかと云うと、それは運動場をコンクリート? か何かで修理するために子供らは皆教室につまっていたのです。運動場ができたら、まるで雀の巣が百千あるようです。しかし、そのワヤワヤワヤはまだいいので、こまるのは体操。ここの体操の先生はいやにリズミカルで、机に向っていると勢よく、「さーア手をあげて! ハッハッハッハッ」とそういう風なのです。「そら! ホイ、ハッ」そういうの。何だか少し野師のようでしょう? でもこの小学校のせいで、私は何年ぶりかで土曜日の午後、日曜日、そして休みのつづくのをしん[#「しん」に傍点]からたのしんで仕事する味を味わって居ります。
 一昨日は、この十日に生れた太郎[自注23]が、産院から林町へかえるので夕方から出かけました。お祖父さんのうれしがりようは全くお目にかけたいほどです。国男も伜《せがれ》の顔を一日に一度見ないと気がすまないと云って、そわそわしていますし、スエ子もうれしそうだし、私は皆がそうやってよろこんでいるのが又大変愉快です。私はこれまで父が気の毒であったのが、ほっとしたようです。父は深く母を愛していた。そのことは私の想像以上のことでした。だんだんそれが分って、しかもしん[#「しん」に傍点]からそれのわかるのは様々の意味で私一人であり、けれども父のおもりをして国府津にくらすことは不可能ですし、大乗的に行動して家も別にしたのでしたが、太郎はよい折に生れました。この太郎という名、ヌーとしていて男の児らしくていいでしょう? 姓と一緒によぶと相当なものになりそうでしょう? これは家族会議(?)できめた名で、主として私の案です。女の児なら泰子というはずでした。この頃、仕事に興じて大体机に向って一日を暮しているのですが、この間いねちゃんがきて、もう日没近くであったが中井の先の下落合の方の野っぱらを散歩して、いい気持でした。その丘の雑木林の裾をめぐる長い道は東長崎の方へまでつづいているのだそうです。夕靄《ゆうもや》がこめている。その方をしばらく眺めました。その野原の端を道路に沿って小川が流れていた。その小川も東長崎の方へまでつづいているのでした。その夕方はいねちゃんも久しぶりで元気で軽々と歩いたし、よかった。女が文学の仕事をする。――芸術家その他として真に発展するためには様々の困難が家庭生活の中にもある。それが現在のような時にはのしかかってくる。気分的にそれにまけてはくちおしいからねと私はつよく云い、あのひともそれはもちろんそう思うのですから、今はもう自分から坐り直して元気になったのです。
 ことしの大晦日は、どの友達のところもほとんど皆夫婦そろっているから、私は私のいないことで誰も寂しがらせないから、何年ぶりかで父とお年越しをしようかと云っているところです。お正月七日がすぎたらお目にかかりにでかけます。この頃、もうお弁当はないでしょう。そのままでようございますか? 冬のうちだけ牛乳と卵だけは召上って下さい。それからそちらでリンゴと南京豆を買って、南京豆は少ない数をよくよくかんで食べて下さい。そうしてたべると大変体によいそうです。ぜひ忘れないように。
 文芸家協会の年鑑は、今年私の「文学における古いもの、新しいもの」という評論をのせました。三五年度の人々の漫画を一平が描き私をも描いている。人間としての本質を把えることができず、あいまいに描いているところはかえって面白く思われました。子供の劇団がイソップ物語をやっております。切符をもらった。観にゆくつもりです。ではおやすみなさい。今はもうあなたがお寝になってから六、七時間も経っている時間です。夜番の拍子木の音が響いている。

[#ここから2字下げ]
[自注22]国府津――百合子の実父たちの海岸の家。
[自注23]太郎――百合子の甥。
[#ここで字下げ終わり]

 十二月二十六日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より(封書)〕

 第四信。
 十二月二十六日からはじまる。今夜は火曜日の夜で、今の家に移ってから火曜日と金曜日の午後を人に会う日にきめているので、三四人来て、かえったところです。林町の父にお歳暮に母のかたみの着物でどてらを縫って貰っていたのが出来上り。
 私
前へ 次へ
全8ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング