じは。「鏡餅」は去年の大晦日の或る女の感情を描いたもので、二十何枚か二晩にかいてしまった。そのような熱と、又そのような欠点をもっていたものです。それを書きあげて、『新潮』へ送ってほとんど間もなく、すっかり仕事が中断されたわけです。府中へは私もひどい風[#「風」に「ママ」の注記]をひいたとき行きそうになって、おやめになったそうです。
私が伺ってあげた読書のプランについてのお考えはいかがですか。少くとも文学についての順立てはどうかしら。お手紙にあった本の中その大部分は私も既に考え、或るものは買うために注文していたものであったので、自らうなずくところもありました。従って猶文学書などについて自分の立てた見とおしのそう的はずれでないことを感じた次第です。百鬼園はあなたにファブルより面白くないことは私の経験からもわかって居りました。しかし、私はあなたに面白くないものでも時には読んでいただきますから、どうぞあしからず。そして、あなたは面白かったものについてのみおかきになったのでは、何か不足しているとお思いになるでしょう? 二葉亭は古いノートを見たので入れました。又つづきを入れましょう。その他、ジイドのドストエフスキー研究とカラマゾフという風に組み合わせましょうね。一かたまりずつ印象はまとめられねばなりませんから。ダラダラと、とびとびでは、御不便でしょうと思います。しっかりかかってよむものと、おやつ[#「おやつ」に傍点]のようによむものとも組合わせているつもりです。それから近く、ドウデエを入れますが、その作品との連関でよまれるディケンスを入れるという風にね。テエヌ、ブランデスという順に入れましょう。バルザックもなるたけ初期から順に。私はバルザックがどちらかと云えばきらいであり、バルザックがフランスの全歴史を描いている、典型的な時代における典型的人物を描いたリアリストであるというような手紙をドイツからイギリスの或る女作家に書いた人の手紙が出たからと云って急に瑣末描写と受動性のお守りにつかおうとするようなのがいやで、腰をすえて、そのバルザックの矛盾の研究をかいているのですが、書いているうちに、やはりバルザックは巨大な、生々しい大作家であることを痛感して居ります。作家の仕事をする度胸の据え方という点で学ぶところが多くあります。テエヌはバルザックをサント・ブウヴなどとちがって社会的なひろい土台で肯定して居るところは、さすがであり、そのさすがのテエヌにしろ、今日の歴史の到達点から見ると、未だ現実の真のスプリングにふれていないところが又興味津々です。テエヌはやはり受身の考えかたですものね。バルザックの矛盾を闡明《せんめい》し得ぬ同時代的矛盾を自身のうちにもっている。ブランデスは品がいい天質のひとですね(彼の云いまわしを真似ると)、私はやはり同じ作家の研究について、そういう感じをうけました。そして、ところどころで思わずにやついた。ブランデスはあんなに鋭く背景となった十八世紀時代の動きを分析していながら『人間喜劇』の作者が、上品な詩的な情感をもっていたから、復古時代にテンメンとしたといっているのですもの(ブランデスの本はなかなかないので弱ります)。
又今これをかきつづけます。今はもう夜の十二時近く。前の行まで書いて、中井から電車にのって、神田へ出かけました。さし入れの本を買うためです。本当は今朝ごく早くおきて、裁判所へ行き出来たらお目にかかるつもりだったのですが、ゆうべは、夜中になってから熱中しはじめて、いつしか夜があけ、くたびれて動けなかったので私は寝ていて、栄さんやいねちゃんが出かけ、その人々は中野の方へ用事で行き、かえりに栄さんがよって、とてもひどい順番で、年内は無駄だろうと知らせてくれました。明朝行こうとしたのをやめる代り、本は速達でお送りすることにして、それを揃えに行ったのです。
三省堂で語学の本など買ったのですが、どうかしら。すこしそれでやって御覧になってもし工合がわるいようでしたら、どうぞすぐおっしゃって下さい。別なのをさがします。どこもかしこも歳暮売出しの飾りで賑やかです。色彩は、はでであるが、何か通行人の影は黒い、今夜はクリスマス・イーヴなのだけれども、学生の街である神田でさえ、そのような楽しげな雰囲気はなく、うちへかえって夕刊を見て、ああ本当にと思ったほどです。中井から家へ来るまでの、ほんの一二丁の町並も、もう松飾りをしたりして、福引をやっている。うちの瀬戸さん(国府津[自注22]にいたのがお嫁に行くまで来ているのです。あなたの御存じない人)は、そこでモチアミをあてました。
神田では三省堂を出てから夜店の古本を見て十銭でエジソン伝など掘出し、あすこの不二家へよってコーヒーとお菓子をたべ、バスで高田の馬場までかえりました。おなかをす
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