がこれをかくのは、ゆうべも考えてね、一時に=一晩にかいてしまおうとすると、一晩まるでつぶし、而も何だかかきたいことを落すので、時々ぽつぽつと書きためたのを、こんどはお目にかけようかと考えたのです。さっき古本やの話に、この頃ショーロホフの小説などなかなか出るようになった由。スエ子は母がなくなってから糖尿病がひどくなって来て、この頃はアコウディオンを中止で、食餌養生をして居ります。相当意志をつよくやっているのは感心ですが、可哀そうに。私は彼女の音楽について大した幻想は抱いて居りません。
これまでの手紙で忘れていたこと=(手紙拾遺集のようになるけれども)去年の九月から、母が生前書いたものを、主として日記ですが、すっかり栄さんに読めるように書き写して貰い、一周忌までに本にして記念にする手順で居ります。実によく書いて居る。父と結婚――私もまだ生れなかった頃の日記には二人で散歩した事や毎日毎日じゃがいもを食べていたことなど、ちゃんと鵞堂流の筆蹟で書いてあって、私はその頃の生活状態、母のもっていた教養いろいろなものをおもしろく感じます。後年に至ると、もっと歴史的に興味があります。今更そのようなことがあったのかと一九三二年以後、思わず呻《うな》るようなこともある。それはいつも滑稽さと悲痛さとの混ったものです。
そういう仕事のために栄さんは私より私の家族の心持に通暁してしまったのも亦面白いでしょう。栄さんには伝記者としての資格がついてしまったと笑うことがあります。私の机の上には、クロームの腕時計[自注24]に小さい金の留金のついたのが、イタリー風の彫刻をした時計掛にかかってのっている。この時計は不正確なような正確なような愛嬌のある奴です。この頃は大体正確でね。日に幾度か私に挨拶をされています。夏になったらこれで又三十分もおくれる気なのかしら。――
この家、何という可笑《おか》しな家だろう! 二階の廊下を暗い中で歩いていたら台所の灯が足の下に透いて一条に見える。何てひどい建てかた! この話を林町の父にしたら、地震につぶれぬよう羽目にかすがいというか斜木を打ってやろうと申しました。そう云ったけれど、それなり忘れているのです。相変らずいそがしいから。この頃は国府津へ準急もとまらないから不便になりました。丹那が開通したからです。
○鼠に顔の上を飛ばれた話。ゴトゴトいう。おや? 耳をた
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