若しそいで来なけりゃあ私云ってやる。
[#ここで字下げ終わり]
と怒った太い声を出して云ったりした。
 手洗の水までそろえてまって居るのに来て呉れないので娘は到々催速の電話をかけた。
 午前中からおたのみしてあるのに御都合がつきませんでしょうかと、あんまりいかめしい調子で云い迫ったので向うの奥さんらしい声はへどもどしながら、少し工合が悪くて横になって居るが、もうじきあがる様に申して居りましたと返事するのをきいて、常套手段の少々加減がを腹だたしく思わないわけには行かなかった。
 夕飯の仕度にせわしい頃漸々来て呉れた医者は、
 どうも、チブスの疑があると云って帰って行った。
 家中の者は、万更思わぬではなかったけれども、こう明らさまに云い出されると、今更にはげしい不安におそわれて、どうぞそうなりません様にと思う傍ら、電《いなずま》の様に避病院の黒馬車と、白い床の中に埋まって居る瘠せほうけた宮部を一様に思い浮べて居た。
 今まで通って居た便所に消毒薬を撒いたり、薬屋に□□[#「□□」に「(二字分空白)」の注記]錠の薄める分量をきいたりしてざわざわ落つきのない夜が更けると、宮部の熱は九度一
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