も持って……引越しだ」
と云った。
「引越し? どこへ?」
 よそへ廻されるのか。瞬間そう思った。が、看守はそれに答えず、
「あっちにゴザのあるのを持って来て」
と命令した。便所へ曲ったところに二枚ゴザが巻いて立てかけてある。その一枚を持って来ると、そこへ敷いた、と廊下の隅、三尺の小窓の下を顎で示した。
「さア、そこへ坐るんだ」
 何でも夜前つかまった強盗を入れるために、一房をあけたらしい。
 自分が廊下を行き来するのを、ほかに見るもののない監房の男たちがじっと眺めているのだが、岨《そわ》が大きな声で、
「えらいところへ出ましたね、寒いゾ」
と、坐ったまま首だけのばして云った。保護室を通りすがったら、
「馬鹿にしてるね!」
 今野が立膝をしたなり腹立たしげに、白眼をはっきりさせて云った。
「ふむ!」
 成程、こういう風な人の動かしかたを、万事につけてやるものであるか。自分は強くそう思った。何も説明せず、先はどうなるのか見当がつかないように小切って命令し、行動の自主性を失わせる。弱い心を卑屈にするにはもって来いのやりかたである。
 強盗が、カラーをとったワイシャツの上に縞背広の上衣だけき
前へ 次へ
全78ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング