、めっきり留置場の客種も下ったなア」
と、感慨ありげに云った。
「もとは、滅多に留置場へなんか入って来る者もなかったが、その代り入って来る位の奴は、どいつも娑婆じゃ相当なことをやって来たもんだ。それがこの頃じゃどうだ! ラジオ(無銭飲食)だ、ナマコ一枚だ、で留置場は満員だものなア。きんたま[#「きんたま」に傍点]のあるような奴が一人でもいるかね※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
保護室でぶつくさ、暗く、反抗的に声がした。
「ひっぱりようがこの頃と来ちゃア無茶だもん。うかうか往来も歩けやしねえや」
満州で侵略戦争を開始し、戦争熱をラジオや芝居で煽るようになってから、皮肉なことにカーキ色の癈兵の装《なり》で国家のためと女ばかりの家を脅かす新手の押売りが流行《はや》り、現に保護室にそんなのが四五人引っぱられて来ているのであった。
そんな話を聞いていると、私は左翼の者を引っぱるために、警察が飲食店の女中たちを一人つかまえさせればいくらときめて買収しているということを思い出した。交番の巡査が、何でも引っぱって来て一晩留置場へぶちこみさえすれば五十銭。共産党関係だったら五円。所謂「大物」だ
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