はいかに組織すべきか」という巻頭論文がのっている。貪るように読んだ。同志蔵原をはじめ、多くの同志たちの不撓《ふとう》の闘争が語られてある。その中に自分の名も加わっている。読んでいるうちに覚えず涙がこぼれそうになった。このような涙を見せてやるのは勿体ない。――自分は段々椅子の上で体の向きをかえ、主任の方へすっかり背中を向けてしまった。
信じられないようなことが事実であった。或る男が没落して、私が作家同盟の或る同志に個人的に貸した金のことに言及した。金、金と云われるのはそのことなのであった。
二日ばかりかかって書類に一段落つくと、中川は、
「ところで、愈々将来の決心だが……」
と、睨むように私を眺め、万年筆をおいて煙草に火をつけた。
「帰れるか、帰れないかがきまるところだから、よく考えて答えたまえ!」
夜七時頃で、当直が一人むこうの卓子で何か書いているきり、穢い静かな高等室の内である。
一切非合法活動をしないと誓えるか、と云った。
「――そんな約束は出来ない」
自分は、ねんばりづよく押しかえした。
「合法、非合法の境は、そっちの勝手でどうにでもずらすんだから、私が知ったことではない」
マルクス主義作家として、飽くまでも合理的な文化建設のために働くことを任務とすると、自分は口述した。
「ふむ……」
煙草をふかしながら、自分の書いた文字を中川はやや暫く眺めていたが、
「――ここは変えられないかね」
灰をおとした煙草の先で示した。マルクス主義作家として、という文句のところである。
「変えない」
「――いいかね?」
「いけないことがあるんですか?」
薄い唇を曲げ、
「マルクス主義作家ということは窮極において党員作家ということだよ」
「――私は、字のとおりマルクス主義作家と云っているのです」
中川は暫く沈黙していたが、前歯の間に煙草を銜《くわ》え、煙をよけるように眼を細めて両手でケイ紙を揃えながら、
「これで帰れるかどうか知らんよ。だがマア君がこれでいいと云うならいいにして置こう。――僕にとっちゃどっちだって同じこった。そうだろう? ハッハハ」
黒い舌の見えるような笑いかたをした。
それきり中川は現れず、本当に自分は帰れるのか帰れないのか分らぬ。留置場の時計が永い午後を這うように動いているのなどを眺めていると、焦燥に似た感じが不意に全身をとらえた。こ
前へ
次へ
全39ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング