私の顔を見上げ、
「どウして」
と体を前へ動かすほど力を入れ、
「云ってしまわないんだよ!」
 びっくりして、自分は腰をおとし母親の白い顔を正面から見直した。
「何をさ」
「何って!」
 さもじれったそうに眉をしかめた。
「もう二人も白状しちまったそうじゃないか。お前が出したものは出したと云って、あやまりさえすればすぐ帰すって、警視庁の人が云っているんじゃないか!」
 顔は熱いまんま、腹の底から顫えが起って来た。
「そんなことを云いに来たの?」
「そんな恐ろしい顔をして……マァ考えて御覧……」
「…………」
 愈々声をひそめ、力をこめ、
「その方がお身のためだって、むこうから云っているんじゃないか! それをお前……」
 動物的な憎悪が両手の平までこみあげて来て自分はおろおろしているような、卑屈を確信と感違いしているような母親の顔から眼をはなすことが出来なくなった。
 自分は、一言一言で母親を木偶《でく》につかっている権力の喉を締めるように、
「私は、金なんぞ、だ、し、て、はいない」
と云った。
「わかったこと? 私は、だ、し、てはいないのよ」
 母親のそばへずっとよって、耳元で云った。
「おっかさんが今何の役をさせられているか分る? ス・パ・イ・よ。むこうは、わけの分らない、只うまく[#「うまく」に傍点]立廻ろうとしている親をそういう風に利用しているのよ。しっかりして頂戴、たのむから……」
 ドアのところで、咳払いがする。自分は母のそばをはなれながら、猶、じっと目を放さず、
「わかった?」
 母親は、むっとした顔でそっぽを向き瞬《まばた》きを繁くしている。――
 やがて袖をさぐってハンケチを出しながら泣き出した。しかしそれは、自分がわるかったとさとって流している涙でないことは、犇《ひし》と私に分るのであった。
 母親が帰ってゆくと、
「暫くこっちで休んで」
と、主任が呼んだ。
「どうでした?」
「ふむ」
「……ふむ、じゃ分らないじゃないですか」
「…………」
 不図見ると、検閲の机の上に「プロレタリア文学」六月号が一冊のっている。自分はあつい掌でそれをとり頁をくった。第五回大会の写真がある。うすい写真の中でも、同志江口が白いカラーをはっきりと、いつもの少し体をねじったような姿勢で壇上に立っているところがある。押し合う会集。「暴圧の意義及びそれに対する逆襲を我々
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