度々の獄中生活で、その女は二十八という年よりずっと干からびた体であった。骨だった肩にちっとも似合わない白っぽいお召を着て、しみじみ自分の手の甲をさすりながら、
「正直なところ、ああいうところへ入れられると赤く[#「赤く」に傍点]ならずにいられやしませんね。やり方がひどいからね、人間扱いじゃないもの。……」
女監守は自分のものを干す物干竿と女囚のとをやかましく別にしていて、うっかり間違えて女監守の竿にかけでもすると、
「オイ、オイ! 誰だい? きたならしいじゃないか! 誰が間違えたんだ!」
と、すぐはずさせ、その物干竿に石鹸をつけてもういいという迄洗わせる。
「そいでいて、自分達がコソコソすることって云えば、平気でお香物やおかず[#「おかず」に傍点]の上前をはねてるじゃありませんか! きたならしくないのかねエ」
刑務所の食糧は糖分が不足しているから、ウズラ豆の煮たのは皆がよろこぶ。ウズラ豆の日だと女監守は各房へ配給する前、一人ずつの皿からへつって自分のところへくすねて置き、休憩時間のお茶うけ[#「お茶うけ」に傍点]にするのだそうであった。香の物は四切れのところを、三切れずつにしてこれも、お茶うけにする。――
「そういうことを見せられちゃね……だから、女監守が休憩の時、よく私共に、共産党の女のひとがどの房とどの房で話しするか見張っていろって云うけれど、誰もそんなこと真面目にきくものはありませんわ。お忠義ぶる女は却っていじめられますよ」
小声で話していると、いきなり、
「なに講義してる」
いつの間にか跫音を忍ばせて、岨《そわ》にテロルを加えた赤ら顔の水兵上りの看守が金網に胸をおっつけてこっちを覗いている。
「…………」
「駄目だゾ」
「…………」
この看守だけは、どんな時でも私に歌をうたわせなかった。迚《とて》も聴えまいと思う鼻うたでも、きっと意地わるくききつけ、「オイ」と低い声で唸って顎をしゃくうのであった。
あっちへ行ったかと思うと、第二房で、
「……ねえ、そうじらすもんじゃないですよ。……たち[#「たち」に傍点]が悪いや!」
と、如何にも焦々する気持を制した調子で云っている声がする。この看守は煙草が吸いたくてたまらないでいる留置人の鼻先で、指もくぐらない細かい金網のこっち側へわざとバットを転しておいたり、今にも喫わしてくれそうに、ケースの上でトントン
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