。または、
「ここへ通知人ナシと書け」
という。不馴れのものは、自分たちの権利のつかいどころを知らない。云われるままになるしか方策がない。今の場合、自分は、認定で送れるのだと云われても、ただ常識で、そんな不合理なことがあるか! と撥《は》ねかえすばかりなのであった。
「大体、文化団体の連中は、ものがわかるようで分らないね。佐野学なんかは流石《さすが》にしっかりしたもんだ。もっともっと大勢の人間がぶち込まれなけりゃ駄目だと云ってるよ。そうしなければ日本の共産党は強くならないと云っている」
 大衆化のことを、彼等らしい歪めかたで逆宣伝しているのである。
 押問答の果、中川は実に毒を含んでニヤニヤしつつ云うのであった。
「まア静かに考えておき給え。君がここでそうやって一人でがんばって見たところで、外の同志達はどうせ君ががんばろうなんぞとは思ってやしないんだから。――無駄骨だヨ」

 その頃、前科五犯という女賊が入っていて、自分は栃木刑務所、市ケ谷刑務所の内の有様をいろいろ訊いた。栃木の前、その女は市ケ谷に雑役をやらされていて、同志丹野せつその他の前衛婦人を知っているのであった。
 市ケ谷の刑事既決女囚は、昔、風呂に入って体を洗うのに、ソーダのとかし水を使わされていた。それが洗濯石鹸[#「洗濯石鹸」に傍点]になった。同志丹野その他の前衛が入れられてから、そういう人々は、人間の体を洗うに洗濯[#「洗濯」に傍点]石鹸という法があるかと、自分達の使う石鹸を風呂場に残しておいて皆に使わして呉れ、と要求して、今では花王石鹸が入っているのだそうだ。
 そういう話をし、その女は、
「ああいう人達は、とても確《しっか》りしたもんですからね」
と、自分の目撃を誇る調子で云った。
「ああいう人達が沢山入って来るようになってっから、私共の方だって全体にどの位よかったかしれないんですよ。女監守が、無茶に私共をいじめでもすりゃ、ひとのことだって黙ってやしないからね。文句を云うし、どんな偉い人だって目の下で、どこまででも持ち出して行くから、ビクビクものなんですよ」
 或る時女監守が女囚の一人を理由なく殴ったということから、独房の前衛婦人達が結束して抗議をはじめ、大騒ぎになった。男の方からやって来て、抑圧したのだそうだが、
「ふふふふ、その時ね、一人の女監守があわをくって、卒倒しちまったりしたんですよ」
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