でも、私何ていわれたってかまやしない。本当に何も知らないんだから……」
 そして私に向い念を押すようにきいた。
「――組合に入ってなければ大丈夫なんでしょ?」
「組合に入ってたって悪かないじゃないの」
 しかし、自分は娘さんの調子が心もとなくなって云った。
「……組合に入っていないにしろ、ストライキのときはあなたの要求だってみんなと同じだったからこそ闘ったんだから、今更誰が組合に入ってたなんて余計なことは云いっこなしだわね。いい?」
「そうね」
 合点をした。娘さんは××高等女学校出身で、ストライキのときは大衆選挙で交渉委員の一人であったのだそうだ。
 今日は駄目だろうと思っていると四時頃やっと労働係が来て娘さんを出した。暫くして今度は自分が高等によび出され、正面に黒板のある警官教室みたいなところを通りがかると、沢山並んでいる床几の一つに娘さんがうなだれて浅く腰かけ、わきに大島の折目だった着物を着た小商人風の父親が落着かなげにそっぽを向きながらよそ行きらしく敷島をふかしている。
 父と娘とがそれぞれ別の思いにふけっていた様子が留置場へ戻ってからもありありと見え、自分は警察と家族制度というものに就て深く憎悪をもって感じた。
 留置場ではそろそろ寝仕度にかかろうという時刻、特高が呼出したと思ったら、中川が来ている。当直だけのこっているガランとした高等係室の奥の入口のところに膝を組んでかけ、煙草をふかしていたが、自分が緒のゆるいアンペラ草履をはいて入って行くなり、
「――どウしたね」
 尖った鬼歯を現してにやにやしながら顔を見た。つづけて、
「いよいよ二三年だよ」
 自分はまだ椅子にもかけていない。メリンスの小布団のついた椅子にかけながら、(主任の椅子の小布団は羽織裏の羽二重だが、他の連中の小布団は一様にメリンスなのだ)
「何なんです?」
と云った。
「書いてるじゃないか」
「何を?」
「――非合法出版物へ書いてるじゃないか」
「知らない」
「だァって」
 中川はさも確信ありげに顎でしゃくうように笑って、
「現に君から原稿を貰った人間があるんだから仕様がないじゃないか」
「……そりゃ今の世の中には、いろんな種類の月給を貰っている奴があるんだから、そんなことを云う人間があるかもしれない」
 蒼い中川の顔が変った。
「そりゃどういう意味だ」
「…………」
「とにかく、君達の同
前へ 次へ
全39ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング