を手拭でさせられた章子をしょびいて、どやどや部屋を出た。
「え――、里栄はんのお姉御、ゲン里はんでござい、よろしゅおたの申しますう」
「――何事どす?」
 茶の間の襖《ふすま》を開けて顔を出すなりこの始末に女将は、
「へえ」
 忽ち、反歯を飛ばしそうに笑い出してしまった。
「いじらしい目に会わはるもんどっせなあ、へ? ようかわいがったげるさかいな、精だしてお稼ぎや」
 桃龍が、笑いもせずもう一遍、
「え――、里栄はんの姉妹御ゲン里はんでござい……」
 章子は、獅々舞いが子供を嚇すように胸を拳でたたきたたき笑いこけている小婢《こおんな》の方へじりじりよって行った。
「怖《こ》わァ」
「阿呆かいな」
 階段の中程へ腰をおろし、下の板敷の騒動をひろ子も始めは興にのり、笑い笑い瞰下《みおろ》していた。が、暫くそうやっているうち、ひろ子は、ひとを笑わせ自分も笑っている章子が可哀そうみたいな妙な心持になって来た。紅い帯を胸から巻き、派手な藤色に厚く白で菊を刺繍した半襟をこってり出したところ、章子の浅黒い上気《のぼ》せた顔立ちとぶつかって、醜怪な見ものであった。章子自身それを心得てうわてに笑殺してい
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