た時、おやあれかと思い、熱心に近づく顔を見守ると別人だ。左の端から五人目のおどり子が、踊りながら頻りに此方を見、ふっとしな[#「しな」に傍点]をする眼元を此方からも見なおしたら、それが桃龍であった。やんちゃな彼女が、さも尤《もっと》もらしく桜の枝を上げたり下げたりしているのがおかしく、彼等はひとりでに笑えた。彼女も、舞台の上でくるりと廻る拍手に何喰わぬ顔で彼等に向い舌を出した。ずっと上手《かみて》に、まるで知らない顔に挾まれ、里栄が一人おとなしく踊っている。
 昼間、里栄が、
「今日出番どすさかい、是非来とおくれやっしゃ」
と云った。桃龍も居合わせ、
「きっとどっせ、好う好う左の花道見といやっしゃ」
と云ったが、自分一人になった時、
「ほんまに間違えてお座りやしたらあきまへんえ、左の花道のねきいお座りやっしゃ」
と念を押した。そのとき何とも思わず今こうやって見ると、つまり桃龍は、一番自分に目のつき易い場所へ彼等を座らせたことになっていた。肝心の踊の間じゅう、たまに入れ換ることはあっても殆ど始から終りまで里栄は広い舞台の彼方の端れで何もならず、桃龍が絶えず彼等の目前にあった。段々観ている
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