と、彼女の特徴である大きな鼻や我儘そうな口許が人形のような化粧の下からはっきりして来た。おっとりした里栄に好意を感じつつ、自然位置の関係から彼等は桃龍を中心にする。こんなことにも彼女等二人の性格の違いが現われていて面白かった。
「悧巧なやっちゃ」
章子が桃龍を苦笑した。
彼等のすぐ後に、京都大学の学生が二人仲居をつれて見物していた。制服を着、帽子を胡座《あぐら》の上にのせ、浮れていた。地方《じかた》の唄をすっかり暗誦していて合わせたり、
「ほらほら、あれがそや」
「ええなあ……恍惚《うっとり》する程ええやないか」
一菊と云う舞妓は、舞いながら、学生が何か合図するのだろう、笑いを押えようとし、典型的に舞妓らしい口元を賢こげに歪めた。
夥《おびただ》しい群集に混ってそこを出、買物してから花見小路へ来かかると、夜の通りに一盛りすんだ後の静けさが満ちていた。大きな張りぬきの桜の樹が道に飾りつけてあり、雪洞《ぼんぼり》の灯が、爛漫とした花を本もののように下から照している。
一台の俥《くるま》が勢よく表通りからその横丁へ曲って来た。幌をはずして若い女が斜めに乗り、白い小さい顔が幸福そうに笑っている。見ると、俥の後に一人若い袴をつけた男が捉《つかま》り、俥と共に走っていた。更に数間遅れて一かたまりの学生が、
「一菊バンザーイ! 一菊バンザーイ!」
歓声をあげ、俥を追って駈けて来る。揉《も》まれながら俥はどんどん進み、一緒に走ってゆく男の幅広い下駄で踵を打つ音が耳立って淋しく聞えた。
野蛮な声の爆発が鎮ると、都おどりのある間だけ点される提灯の赤い色が夜気に冴える感じであった。
空には月があり、ゆっくり歩いていると肩のあたりがしっとり重り、薄ら寒い晩であった。彼等は帰るなり火鉢に手をかざしていると、
「どうでござりました」
女将《おかみ》さんが煎茶道具をもって登って来た。
「ようようお見やしたか」
「顔違いがしてしもて、偉い難儀しました」
章子が笑いながら京都弁で答えた。
「ああなると、どれがどれやら一向分らんようになるなあ」
「そうどす、一寸は見分けがつきまへんやろ、然し男はんにすると、そのなかから、ふんあこにいよるなあと思て観といやすのが、また楽しみどっしゃろさかいなあ」
深い鉢に粟羊羹があった。濃い紅釉薬《べにうわぐすり》の支那風の鉢とこっくり黄色い粟の
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