あった。
 あの時、自分は、若しそうしなければならないのならば、我慢する。此程のことを、無益に過させたり、其裡から、何か自分を養てるものを見出さないような自分では真逆なかろうから、と云った。実際、左様やって一月でも二月でも会わず、互に遠くから静かに互のことを思ったら、必ずよりよい理解が湧くに相異ない。良人に愛され、母に愛され、その地上的愛の葛藤に苦しむよりは、相方が或強制を以て、人生を眺める方が、人格が深まるのかもしれないと云うような、稍々利己的な積極的解釈さえ加えて居たのである。
 けれども、近頃、自分の心は、林町のことを思うと、暗く、淋しく沈むのを覚える。
 母上は、其後の自分の心持の変化については、一言も書いて下さらない。AはAで、自分から頭を下げて謝すべき理由は見出さないと確信する。一月の時日の間に、彼等の間には何の流動、何の心的交通も開けては居ないのである。どうして其ですんで行くだろう、此が一年続いても、二年続いても、彼等は平気なのだろうか、恐ろしくなる。
 私と云うものを挾んで相対する彼等は、私に対してはどちらも、愛に充ち輝いた笑顔を向けて呉れるのだ。然し、私が一歩傍へのい
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