行されている。そして、それはどんな工合に売れているか?
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『アガニョーク』(綜合的な政治、社会、文学雑誌)四〇〇(千)部
『労働婦人』                  二〇〇(千)部
『何でも知りたい』               一五〇(千)部
『農業技師』                   六〇(千)部
『赤い処女地』(文学雑誌)            二五(千)部
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 ソヴェト同盟の新聞となると、これ又大したものだ。
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社会・政治指導紙   六種   一、四八七(千)部
経済紙        八種     一一二(千)部
赤色労働組合紙    一種      七〇(千)部
共同組合紙      一種      二四(千)部
軍事紙        一種      四〇(千)部
労働者大衆新聞   五九種   一、四二六千七五〇
農民       一〇五種   一、五三四千五〇〇
青年少年      四七種     四〇七千二五〇
民族語の新聞   二〇八種   一、〇〇四千七五〇
夕刊         六種     三二〇千〇〇〇
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 帝政ロシアでは最もひどくやっつけられていたロシア内の各少数民族と農民が、今日は解放され、こんな多種の新聞をもっているのだ。
 ところで、ここに問題がある。ソヴェト同盟の勤労者は、こんなに夥しい本、雑誌、新聞を、どうして読むのか? 一々買うのだろうか? 勿論買いもするが、ソヴェト同盟では図書館がすごい勢で拡大されつつある。

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「赤い隅」と図書館
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 どの工場でも、食堂の一隅に「赤い隅」――小図書館の設備のないところはない。農場だって、ホテルのボーイ溜りにだってこれはある。労働者クラブの図書館。農民の家の図書館。夏休み、勤労者が一ヵ月の有給休暇で「休みの家」へ行く時には、その附近に大抵図書館の出張所が出来る。
 現にわたしがレーニングラード附近に一夏暮した時のことだ。昔の離宮が今は勤労者のための愉快な公園博物館として開放されている。景色のいい池の辺にある一つの旧宮廷用の小建物が図書館出張所になっていた。労働組合員は、身分証明の手帖で、ごくやすい保証金(五十カペイキ――二ルーブリ)をおさめ、自由に本の借り出しをされる。わたしもそこで随分世話になった。
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ソヴェト同盟の図書館数
 一九二六年   二二、一六三
 一九二八年   二二、九八二
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 五ヵ年計画は図書館をこの上に五〇パーセントふやしはじめた。これは固定図書館だ。移動図書館は四万にふえる。
 本を読むのには図書館の外に農村では「読書の家」というものがある。
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一九二八年   二一、八七六
一九三三年   三八、二八三
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 図書室、文学、音楽、美術、体育、政治などの研究室をふくむ勤労者クラブその他は、五ヵ年計画とともにこんな工合に殖えつつある。
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クラブ     七六四六(五ヵ年計画以前に比べ二四・九パーセント増)
農民の家    六八二〇(同 二五パーセント増)

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――国庫全額負担の小学校――
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 さて、一九一七年の十月のプロレタリア革命の後、ソヴェト同盟で、子供はどう教育されて行くかということが、世界各国からの、鋭い興味と観察の的だった。
 何故なら、ブルジョア教育家たちは、プロレタリア革命というものの真実を理解しない。所謂「個性」の華々しい発展は社会主義共和国の教育で大虐待をうけるだろうと予想した。個人の才能、傾向、性格、そんなものは蹴散らされ、たった一つの鋳型=共産主義教育にうちぬかれた機械人形のような子供らが出来るのだろうと思っていた。
 ところが、一年一年経つうちに、皮肉で批評的なブルジョア国の観察者たちも段々感心しはじめて来た。現在では、帝政ロシアをソヴェト同盟にしたプロレタリア革命や社会主義的な生産関係や、つまり新しくて人間らしい教育制度のしかれる階級的な土台であるいろいろの条件については依然として反動的な批評をするものでも、ソヴェト同盟の子供の教育方法は参考にすべきだと云うようになって来た。
 成程、ソヴェト同盟はプロレタリア独裁の国だ。社会的生産に関与する社会労働が基礎になっているから、小学校にしろ、ただ小学校とは云わず単一勤労学校と云う名称だ。
 子供は小さいときから社会的勤労・生産・社会主義の建設とはっきり結びついた教育法にのっとって育てられて行く。例えば第一学期は「春[#「春」はゴシック体]」と云うコンプレックスを中心に勉強する。
 春は野に来た、山に来た。蝶々が舞います、というだけの、ブルジョア小学校の「春」と大分内容が違う。
 春は気候がどう違って来るか。草木はどんな変化を見せるか[#「春は気候がどう違って来るか。草木はどんな変化を見せるか」はゴシック体](そこで自然科学と観察を習う)
 春、都会の人々はどんなに働くか。農村で人々は春どう働くか[#「春、都会の人々はどんなに働くか。農村で人々は春どう働くか」はゴシック体]?(生産と社会労働、特に今なら五ヵ年計画による工場の生産拡大、農村の集団化が説明される)
 子供は、働く大人をどう助けるか[#「子供は、働く大人をどう助けるか」はゴシック体]?(ここで実際の仕事をいろいろやる。都会の小学校は、公園へ保護鳥の巣箱を吊りに行く。その小学校の学生が支持している、一定の集団農場の手助けにも出かける。そういう旅行で、地理も習う。測量も習う。上級なら、この季節、外国の、東洋の植民地農業労働者の搾取状態までに及んで、経済政治を覚えるのだ)
 各学課が重箱式に、機械的に分けられ、つみ重ねられていない。一つの題目は次の一つの題目へとかたく生活的な結びつきでのびて行くから、実際生活にすぐ役立つ勉強法だ。子供の頭は、すぐ手元の日常生活を基礎にそれを解剖し、批判し、新しく、綜合して建設してゆくすばらしい力を与えられる。それこそ、プロレタリア的な知慧=無駄のない理論的であるとともに実践的な同時にびっくりするほど国際的な活々した知識をもつようになる。
 折角もって生れた才能を押しつぶしたり、歪めたりするような不経済を社会主義社会の教育は決してしない。アメリカのダルトン・プランと云うブルジョア社会の個人主義的な自由競争における天才[#「天才」に傍点]製造はやらない。一人の英雄だけをこね上げるに熱中する教育法ではない。然し、すべて人民の子供が個人の独特な才能を、社会全体の建設の中へ役立てて行くような育てかたは実に成功的にされている。
 例えば或る工場見学に小学校生徒の一級が出かけたとする。その記録をこしらえようとする。一級が一冊の「××工場見学の印象」というものを制作するのに、教師は決して誰それサン、作文を書きなさいとは命じない。めいめいが相談しあって、自分の一番得手な、やりたい技術でその仕事に参加する。或る子は一生懸命スターリンの論文をひっぱって論文を書く。或る子は絵でスケッチをやる。そうかと思うと詩がある。工場新聞の切りぬきに、自分の批評をつけたものを書くジャーナリズムむきの子もある。それぞれみんなが、力をこめた自主的制作をまとめて、級の成果とするのだ。
 一つのいい知慧があれば、プロレタリアート・農民の建設的社会ではそれを出来るだけ大勢の役に立て、みんながそのいい知慧をわがものとして活用するように! 所謂社会主義競争の本質的な基礎教育が、既に小学校のうちに与えられる訳なのだ。
 階級的自治の訓練は、この時代から行われている。各級には、衛生委員、従業委員、社会活動委員等がある。それらの委員から一級一人ずつの代表が出て、学校長、教師代表、労働組合からの代表などと一緒に学校委員会を組織する。
 遠足をやるにしても、遠足の実行委員があげられ、行先、時間割、見学予定、旅費その他を研究する。級の討議で決定する。――ソヴェト同盟で教師は、ほんとに指導者なのだ。
 このように有効に組織されている小学校へ、全同盟の学齢児童を経費国庫負担で包括しようというのがソヴェト同盟五ヵ年計画文化活動の一大事業だ。
 何しろ、帝政時代のロシアの小学校、特に農村の小学校は話の外だった。小学校の教師と云えば月五ルーブリの月給で実際乞食暮をしていた。
 革命後、ソヴェトの単一勤労学校は四年制、七年制、九年制とわかれている。が、校舎の不足、教師予算の不足その他で、就学率は、理想通りには決して行かなかった。八歳でチャンと就学した児童は三〇パーセントだった。七〇パーセントはもっとおくれていた。ロシア共和国で四年制の児童六九・五パーセントは九歳で入学している。
 五ヵ年計画は三十四億七千六百ルーブリという巨額を、プロレタリア・農民文化の基礎水準向上のために、八歳全国児童就学のために割り出している。
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就学児童はどの位増大するか?
 一九二七年    九九四二千人
 一九三三年   一七〇〇〇千人
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 殆ど倍の千七百万という児童が、ソヴェト同盟では無月謝で、学用品、弁当まで国家の支給で勉強することが出来るのだ!
 それには教師が殖えなければならぬ。
 現在ソヴェト同盟には二十六万五千人ばかりの教師がいる。更に四十四万人の新しい教員が入用だ。
 五ヵ年計画によって全ソヴェト同盟の生産が高まり、一般勤労者の賃銀があがりつつある。小学校教師の月給も同じだ。五ヵ年計画の終りに、農村の小学校教師は八十七ルーブリ、都会の小学校教師は百ルーブリになる。現在(一九三〇年)は平均五十八ルーブリだ。
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教員養成学校生徒の社会層(一九二六年)
 労働者    一四・六
 農民     五三・九
 勤人     二〇・四
教員専門学校生徒の社会層
       一九二五年   一九二七年
 労働者    一五・五    一二・五
 農民     三一・〇    二八・三
 勤人     三四・八    三五・七
 其他     一八・七    二三・五
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 この数字はもう古いが、それでもなおソヴェト同盟の農村で文化はどの位急速に向上しつつあるかが分る。
 ひっくるめて、一人ずつ児童頭割の教育予算がどの位殖えるか見よう。
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児童一人宛教育年支出予算
 一九二八年  二七・〇(ルーブリ)
 一九三三年  五八・三(ルーブリ)
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 ところで、小学校における児童の就学率をよくするためには、学齢以前の教育文化設備ぬきには出来ない。
 ソヴェト同盟は勤労婦人の重荷を軽くするため、同時に幼い兄姉たちを自由に勉強させるために、工場、集団農場を中心とする幼稚園、托児所、子供の遊び場の設備拡大を、やはり五ヵ年計画で実現しつつある。
 費用は三億五千万ルーブリだ。
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幼児のための設備拡大率 収容人員(単位千人)
       一九二八年  一九三三年    増大率
 幼稚園     一〇七    二一七  一〇二・二パーセント
 子供の遊び場  二〇三    五〇五  一四九・三パーセント

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――あらゆる技術をプロレタリア・農民の手に――
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 モスクワのクレムリンのわきにモスクワ第一大学がある。そこの建物の破風に「あらゆる学問を勤労者に」という文句が金字で打たれている。
 今から十七年前、帝政ロシアの資本家・地主と僧侶の支配下のロシアで、勤労大衆のために中等教育施設がどんなものだったかは次の表を見ても明かだ。
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一九一四年度ロシアの中学校、実務学校、予備学校における学生の出身階級の分布
 世襲貴族の子弟    六・三
 貴族及高官(
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