ワフタンゴフ劇場で出した「前衛」。どれもこれも、農村の集団化に際しての労働者農民の結合的活動とともに、旧勢力の罪悪を被うところなく摘発している。
 映画「大地」(ドブジェンコ)は勝れたカメラの技術にかかわらずいろいろ批判さるべき要素をもっている。が、その一つとして、宗教の悪影響、階級的敵としての影響力がフィルムの上で過少評価されているという事実があげられたくらいだ。
 一九三〇年に入ると、ソヴェト同盟の大衆は、国際的な事実としてローマ法王ピオ十三世が世界外交のかげにもっている役割は何であるかを見せつけられた。
 三位一体は大資本、法王、軍閥で、祝福の代りに大衆の疲弊と流血があるだけだ。
 一九三〇年、革命劇場上演の「第一騎兵隊」は、一九一七年――一九二〇年の国内戦の歴史、第一騎兵隊の功績を芸術化するばかりではない。帝政時代のロシア兵営内の生活の愚劣野蛮な絶対主義を遺憾なく示している。
「セメント」を上演した写実劇場(元はモスクワ芸術座第三スタジオと呼ばれていた)は新しく「勇敢な兵士シュヴェイクの冒険」を脚色上演しはじめた。
 これは、元オーストリア軍隊内の野蛮な腐敗とを諷刺的に描き出し
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