ない。自然の景色が目に見えない。作者は森のことを云ってるが、何処に、どんな森があるのか、ハッキリしない。
「『貧農組合』は集団農場の建設を励まさねえ。がっかりさせちまう」
 ザイツェフが合槌を打った。すると、
「いらない本だヨ」
と、ゆっくりした調子で切り出したのは、貧農で、家族がうんとあって、コンムーナへ入ってからやっと凌げるようになったスチェカチョフだ。
「集団農場へ気をひくためにゃ、これんばっかりも役にゃ立たねえネ」
 自分の横っ腹のところを指さして、
「ここんところを、逆にひっぱられるみてえだ。俺はこれまで本読みに中坐したことはなかったが『貧農組合』にゃ半分頃で出ちまった。眠たくなってなア。本の中には滑稽なところもあるが、気持のよくねえ滑稽だ。俺は笑わねえ。集団農場の仕事で一等心をつかまえることを、作者は書いていねえ。集団農場の建設の事業はソヴェトで、もう十年もやられて来てる。もちっと親切に書くこったって出来たべえに……。小説ん中に富農の襲撃がある。けんど、集団農場建設をすける意味で、政府から何の助力も与えられていねえネ。アグニェフを半殺しにした。それっきりだ。民警さえいねえ。訊問もなければ、宣伝もねえ。俺等んとこじゃどうだったね? このコンムーナへ徒党が押しよせたってことが伝わった時、四十露里あっちから赤軍分遣隊がやって来て呉れた」
「えれエ小面倒な名前だよウ」
 そう云ったのは五十九のティトフだ。
 ブリーノフが云った。「パンフョーロフは集団農場のことを聞いてはいるらしいが、そばで暮したことはねえらしい」
「こうだべよ」
 ザイツェフが云った。
「作者は村を旅行したのよ、手帳に書えたのヨ――ホーレ、それがこの小説だ」
「たまらねえ程無駄だらけだ」
「よこ道さそれてる」
「本のどこにも、集団化がねえ!」
「思うに『貧農組合』は貧農をまっとう[#「まっとう」に傍点]に書いていねえ。何故この小説に、本当のたち[#「たち」に傍点]のいい貧農は出て来ねえんだ? 貧農はどれでもシュレンカみたよなノラクラ者ばかりじゃねえんだ!」
「この世の中に『貧農組合』みてな組合はねえヨ」
等々。遂に、彼等の結論はこういうことになった。
(一)農村にはいらない本だ。
(二)実際の仕事に関係あることは殆ど書かれていない。ちょいちょい区切って、ところどころ読んで行く分には読める。退屈ではない。然し、農村の集団化とは結びついてはいない。
(三)「貧農組合」は農村における集団農場化のために少なからぬ害を与えるが、ためになるところはない。この小説には成っていない集団農場が書かれている。
(四)農村というものが、不充分に、ボンヤリ拵えものに書かれている。
           ――○――
 ソヴェトの農民が、ソヴェトの農民小説に加えた批評だからと云って、それがいつも絶対に正しいものばかりだとはきまらない。
 この「五月の朝」コンムーナの連中は、例えばエセーニンの詩にはコロリと参っている。エセーニンの詩集は村にいる本だ。素敵なもんだと「母への手紙」というエセーニンの詩がよまれた時に衆議一決している。だが、果して詩人エセーニンは、このコンムーナの一同が武器を揃えて、パンフョーロフが正しく描写しなかったとして攻撃している農村の集団化について、社会主義的な見方を持っていただろうか?
 エセーニンは、根本的に反対な見解をもっていた。エセーニンは、集団農場化の第一歩である農業の機械化にさえ先ず命がけで反対した詩人である。
 ソヴェトのプロレタリア文学、農民文学にとって農民の批評が参考になるのは、彼等の批評そのものの中に現れて来ている正当な判断が作家を益するばかりではない。時にはこの「五月の朝」の連中の或る言葉のように間違ったものにしろ、その間違いが暗示している歴史的な階級的な現実の影響を作家が洞察することに深い意味が在るのである。

        赤色陸海軍文学協会《ロカフ》の結成

 着々と躍進するソヴェト同盟の生産拡張五ヵ年計画とともに、プロレタリア作家たちは、この五ヵ年計画の三年間において、重大な階級的な発展をとげて来た。
 作品活動をこめての一般的なプロレタリア文化・文学活動の実践の領域でソヴェト文化運動と文壇の指導権を確立したばかりではない。全同盟内の生産の場所における文学研究会、労農通信員たちへの正しい階級的指導は、あとから、あとから一つは一つよりよい作品を発表する前途洋々たる若い党員作家を輩出させている。文学活動の分野は、五ヵ年計画とともに拡大された。プロレタリア作家の質そのものも変って来つつあるのである。
 一九三〇年に入るや否や、ソヴェトのプロレタリア作家たちは、更に新しい一つの階級的課題にぶつかった。
 資本主義列国の反ソヴェト同盟カンパニアに
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