。それは、ヴォルガ地方だ。ヴォルガ地方がソヴェトの動力です。モスクワで、ソヴェトの生粋の人間なんかは見られない。モスクワには商人《メシチャニン》か、小ブルジョアしかいません!」
 思わずわたしは笑いだした。
 これは余り、農民作家的ではないか! この男は、世界革命はヴォルガ沿岸地方からだけ、というような口ぶりだ。一般的に、農民作家の地方偏重の傾向、都会への偏狭さが屡々批判されるが、この作家の言葉にもよくあらわれている。
 一九二九年の、激しい農村の階級闘争、富農征伐のとき、どちらかというと、右翼的誤謬をもち易い農民作家団の中に「工業化主義者の職場」という、左翼的スローガンをかかげた一団が現われた。
 一見このグループの立場は進歩的であり、発展の線に沿ったものらしく見えた。ところが、その内実が明らかになった時「ラップ」とソヴェト大衆とは、この階級的なスキャップ団の清掃のために少なからぬ時間と精力とを費した。彼等の工業化は、彼等の反革命的目的にかぶせた仮面であった。富農の勢力拡大と階級擁護のために、そのような名をかぶった一味がトラクターを富農の手に騙しとり、集団化を阻害しようとした。彼等がスローガンとした「工業化」の上へはもう一つ書かれぬ言葉、「反革命的」という文句があったのである。
 ところで「パルチザン」は国内戦当時におけるソヴェト農民大衆の革命的役割の見本であるが、農民作家は、では「赤いパルチザン」の業績を、芸術活動で、どう記録しているだろうか。ファジェーエフの「壊滅」、フセワロード・イワノフの「装甲列車」及「パルチザン」、フールマノフの「赤色親衛隊」などを凌駕する、どのような作品が農民作家によって呈出されたであろうか?
 ファジェーエフは「ラップ」の作家だ。イワノフは同伴者作家として、まだ新鮮な力のあった時分「装甲列車」を書いた。赤軍も、農民とは切りはなせない。なぜなら、赤軍は労働者農民の武力なのだから。しかし「騎兵隊」を書いたバーベリは同伴者作家団に属する。近頃「第一騎兵隊」を書いて、上演されている作家ウィシニェフスキーは農民作家だろうか、ちがう。「ラップ」の若いコムソモールの出身の作家である。
 現に、一九三〇年七月の第十六回ロシア共産党大会で、最近二年間の傑作として紹介された農村を主題とする文学作品、ショーロホフの「静かなドン」にしろ、ゴルブーノフの「解氷期」にしろ、「村娘」「農村通信員の手記」「貧農組合」「コサック村」、すべて「ラップ」の若手作家、主としてコムソモール出身の作家によって書かれた。
 農民作家が、厳しく自己批判すべき時が来た。
 ソヴェト農村の社会主義的な集団化は、農民の現実を大きく変化させ、急テンポで農民作家の階級的認識を追い越しつつある。
 五ヵ年計画は、農民作家に重大な任務を授けた。それは、昔の封建的で個人主義的農民気質と生活の型が、あらゆる農村生活の特殊性等が社会主義建設の現実にあっては、より高い階級的|自発性《イニシアチーブ》への可変的要素であることを、複雑な新しいものと古いものの錯綜のうちに芸術化するという課題である。

        ソヴェトの農民は文学をどう噛みこなすか

 ソヴェト同盟内の労働者大衆が、次々に発表される小説、戯曲などに対して、どのような感想批評をもつか。それは比較的はやく、はっきり反映して来る。
 彼等の批評は『文学新聞』への投書となる。『キノと生活』へ工場の労働通信員の寸評となって出て来る。工場内の文学研究会でまとめられた批判は「ラップ」の初歩的機関紙『成長《ロスト》』などへも載せられる。芝居のプログラムのうしろには、その時上演されている戯曲についての大衆的反響が印刷されているほどである。
 ところが、農村に於ける農民大衆=一生モスクワというところを自分の目で見る機会がないような辺鄙なロシアの田舎で「十月」を経験し、国内戦を闘い、そして今は五ヵ年計画による集団農場建設のために努力しているソヴェトの農民大衆の芸術に対する反響は、どの程度に集められて参考にされているかというと、これには余り積極的な返事は与えられなかった。
 一九一七年以来、ソヴェト同盟の農村は、どんな山奥でも農村通信員というものを持っている。主として年長のピオニェールや、コムソモール、または党外の活動的な分子によって組織される農村通信員は、特におくれた文化の農村生活の中で実に多くの文化的役割を果しつつある。ソヴェト労農通信員の強みは、日常の政治・文化戦線における彼等の建設的実践力だ。単に書くより先に[#「書くより先に」に傍点]、行う[#「行う」に傍点]ところに彼等の異常な文化建設力がある。
 五ヵ年計画がはじまってからの彼等の活動は目覚ましいものがある。一九二九年の秋から三〇年の種蒔時にかけて敢行され
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