、この話を書かないかとすすめられた時の気持が、或る立場をもつ作家の良心の問題として挾みこまれて語られているところがある。作者は、今日この部分をどう考えているであろうか。
 中野さんが全力をつくして対象に引組むことでそういう部分を内面的にも発展させ切ってしまうための本気な努力を益々継続することを心から期待してやまない。
 これらは作家の発展の途についての感想であるが、私はこの作品を読んで更にもう一つのことを考えざるを得なかった。今日、勤労する人間の生活はまだどんなに部分的にしか文学の現実としてとらえられ得ない事情に置かれているかという感慨、並に、それであるからこそ作家は一層まめ[#「まめ」に傍点]に、一層着実に、やがてこの総体の為の各部分を現在においてとりあげて行かなければならないということである。[#地付き]〔一九三七年六月〕



底本:「宮本百合子全集 第十一巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年1月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「帝国大学新聞」
  
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