あれからこれへとあさって読むのでなく、自分がしんから尊敬出来ると思う古典を、しっかり研究して、その作家が一生をどんな努力で愛と正義とを求めて暮したか、そういう生々しい人間生活の跡にもふれて、学びとることが大切だと思える。
 世の中がおさえられない勢でうごくからと云って、その動きの一から十までが、人間生活のためによろこび迎えられるものではあり得ない。私たちは何によって、それを判断するよりどころを我心に見出してゆくのだろう。自分がこの人生に何を求めてゆくかということが判断の根本であり、その自分というものがとりもなおさず一人の国民であり女であるということで、自分というなかには、まぎれもない多数の声がひそめられているのである。偉い過去の作家たちは、いずれもこの点をはっきりと芸術のなかに与えている。古典のゆたかな奥深い森の火で私たちは特に今日その文学のいのちの泉をたっぷりと自分たちのうちへ汲みとるべき必要がある。礼讚するばかりでなく、自分のきょうの心をどう現してゆくべきかということをいつも一方に現実の課題として古典を学んでゆくときなのだと思う。[#地付き]〔一九四〇年十一月〕



底本:「宮本
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング