銀飾りのついた甲冑をつけ、逞しいイラン種の馬に跨って、軍列の中央に騎っていた。彼は、絶間なく傍の者と喋った。道路が険阻な崖にでもさしかかると、甲高いせわしい声で乗馬を励まし、頻りに唾をはいた。そしてルスタムが、何故、ラクーシュに騎って来ないか、繰返し繰返し尋ねた。
 王との応対は、ルスタムにとって忍耐を要する一つの義務であった。けれども、長距離の騎行と、晴れた夏の星夜の下の露営は、彼によい結果をもたらした。
 彼は、シスタンの城にいる時よりは、ずっと沢山食った。若い者のように、ぐっすり眠った。そして道の工合が好かったりすると、彼は何ともいえない身軽な快活な衝動にかられて、馬を※[#「足+(炮−火)」、読みは「あがき」、第3水準1−92−34、379−7]でかけさせながら、軍列を前後に抜けた。ギーウはそれを見て微笑した、猛々しい猟犬が、老いても尚角笛を聴くと気負い立つように、ルスタムには何といっても戦場の雰囲気が亢奮剤になるのを認めたからであった。四昼夜の後、イラン軍はツラン軍の陣どった高地から一ファルサングの地点に到着した。ルスタムは、元気よくギーウを助けて隊列を二分し一部を率いて更に五百ザレほど前進した。そこからは、もう明かに敵陣が見えた。
 イラン勢はそこに止った。そして勢いよく羯鼓を打って示威運動を始めた。
 ツラン方も、待っていた敵を迎え喜びに堪えないように太鼓を鳴し鐃※[#「金+(祓−示)」、第3水準1−93−6、379−14]を擦り合せてそれに応えた。合間合間にどっと、血の沸くような鯨波《とき》があがる。その轟は夕陽の輝きですき透り、眩ゆい曠野じゅうの空気を震わして転がって行き、遠い夕焼雲の彼方が反響した。
 ルスタムは、我知らず乗馬の手綱を控えた。彼は、目を凝してツランの陣を視た。
 背後に喬木の疎な林を負った高地の略中央に、一つの大|天幕《テント》が見えた。それから相当な間隔を置いて五つ真中のよりは小ぶりな天幕小屋がある。正面から西日を受けそれ等の天幕は燃えるように照った。ずっと左よりにもう一団右手高地のはずれ近く他の一団。その間をちらちら樹林から兵の屯所らしいものが眺められた。ルスタムは、特別じっと、中央の大天幕に目を注いだ。位置といい、大きさといい、それがツラン方の本営となっていることは疑いない。見ているうちにも幾人となく兵卒が出入りした。すると間もなく、この大天幕の裡から一人純ツラン風の装いをし、纏布に真赤な羽毛飾をつけた将らしい男が現われた。
 出て来ると、その男はぐるりと高地の下に展開したイラン方の陣を瞰下した。そして、引かえすと、今度は別な四五人の将と連れ立って再び現われた。自分が中央に立って此方を指しながら、頻に何か説明している。やがて集団が少し解ぐれ、一人一人の椅子が見えるようになると、ルスタムは、思わず、二三歩馬を騎り出した。この群の中に、確にギーウの話した若者らしい兜を戴いた者がいた。兜を戴いた戦士は独りだけもとの場所を動かず、時々キラリ、キラリと鋭く兜のはちを西日に煌めかせながら熱心にイラン方を観察していた。

        二十八

 間もなく、その兜の戦士は、手を上げて、散りぢりになりかけた他の将等を呼んだ。彼の囲りには再び小さい集団が出来た。そして改めて何か、探しでもするように方向を更え、イラン勢を展望し始めた。
 ルスタムは、遙彼方に小さく見えるそれ等の敵の行動から、何か重大な、意義ありげな一種の感銘を受けた。兜の男の一挙一動は皆それぞれ意味のあるもので、彼自身が此方でこうやって視、感じ、考えていると同じ心が籠っていることを理解される。これはルスタムにとって珍しいことであった。彼は、老練な狩人のように、敵の本能、賢さを見るのは速かったが、相対の人間として同感を持ったことなどは、殆どなかったのであった。
 兜の男は、一定の距離の間を往復しながら、頻りに此方を観ていたが、やがて止って傍の者に何か命令した。命令を受けた男が何処へか去るとすぐ、一人の兵卒が、手綱で二匹の乗馬を牽いて現れた。兜の男と赤い羽毛飾をつけた男とが、ひらりとそれに跨った。
 彼等は暫くの間、並足で高地の端に沿って騎って行ったが、一寸、物かげに隠れると、今度は別な方から、小刻な※[#「足+(炮−火)」、第3水準1−92−34、381−6]で出て来た。ルスタムは、二三遍、馬の背で調子よく揺れる兜の煌く頂が、見えたり隠れたりするのを追った。けれどもふと、一つ向きが更わると、そのまま二人とも高地の奥へ見えなくなってしまった。
 ルスタムは、急に索然とした失望を感じた。それでも、今来るか、今来るかと思いながら、彼は永い間、其処から動かなかった。
 騎士等は、きっと何処か別な、彼に見えない処で降りてでもしまったのだろう。
 ル
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