な」
と云った。
スーラーブの全身に、訳の分らない寒気が走った。堅く、冷たい、骨張った十の指に手を掴まれ、死にかかった人間の眼で、それ程きっと見据られ、耳に聞いた言葉を彼は、非常に恐ろしく感じた。容易ならぬこと、しかも、何か恥ずべきことを戒められたという直覚が鋭く心を貫いた。彼は、困惑した眼で祖父を見た。彼は、祖父が心の中でひどく何かを憤ってい、自分の手をそうやって小袋ぐるみ掴んだまま、何処か遠い変な処へ翔んででも行こうとするのではないかと恐れた。
四
祖父は、その出来事のあった翌日、この世を去った。生れて始めて人間の葬送の場合に会い、幼いスーラーブは、事々に忘れ難い印象を受けた。
ふだんあれほどしとやかな内房の女達が、祖父の死を知ると、俄かに狂気したようになって頭に纏う布を引裂きながら、額を床に打ちつけ胸を叩いて号泣した有様、星ばかりの夜の空の下で祖父の屍を荼毘《だび》にした火の色。黒煙を吐きながら赤い焔の舌が、物凄い勢いで風のまにまに雪の面に吹きつけた光景や、今、広場の端迄延びたかと思うと、忽ちどっと崩れて足許に縮む影法師の中を入り乱れ、右往左往した多勢の男達の様子が、それがすんだ朝になると、スーラーブにはこわい、一つの夢のようにさえ思われた。
けれども、夢でなかった証拠には三日三夜の退屈至極な儀式が彼を捕えた。昼間一杯と夜の三分の一ほど、スーラーブは、数多《あまた》の家臣の先頭に立って、シャラフシャーの云う通り、
「我等の神、ミスラ、汝の嫡子、サアンガンの王の王」と、大きな声で繰返したり、理由のわからない面倒な手順で、石の平べったい台の上に、穀物や、乾果や、獣肉を供えなければならない。
それにも拘らず、スーラーブの心には、ちょいちょい、祖父が死に際に云った言葉が蘇って来た。そして、彼を不安にした。
何かしている最中でも、ふと、「父のない息子を見よ、と云われるな」という文句をまざまざと耳元でささやかれるように感じる。瞬間、彼は何も彼も放ぽり出して、後を振向いて見たいような衝動を覚えた。彼にそれをさせないのは、シャラフシャーの意味ありげな、咳払いと流眄《ながしめ》があるばかりである。辛うじて、統治者らしく威厳を保ちはするものの、暫時彼は、臆病な、困った顔付きで、無意識にしかけた仕事をつづけるのであった。
スーラーブに、祖父の云った
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