ろがあり、傍で見てさえ、知らず知らず信頼を覚える特殊な雰囲気が醸されているのだ。
 スーラーブは自身も、まるで蘇えった心の拠りどころと、前途の希望とを感じた。心を引緊め智を働かせて仕遂ぐべき大事があると、却って心が落付き、静かな勇気が内に満ちる。
 彼は、昨日までの苛立たしげな様子は忘れ、悠くり手を浄め、軽い食事を摂った。そして、朝の挨拶に来たシャラフシャーに、機嫌よく言葉をかけて、一緒に、望楼にのぼった。そこで、彼は始めて自分の計画を打ちあけた。ルスタムを父と知ったことさえ、その朝初めて、明かしたのであった。
 最後まで彼の言葉を黙って聞いていたシャラフシャーは、極要点を捕えた二三の質問を出した。スーラーブは、自信を以てそれに答えた。
 半時も沈思した後、シャラフシャーは、徐に賛成の意味を表した。彼は「それはよい。やるべしです」という風にではなくやや沈み年長者らしい情をこめて、「そこ迄御決心なされたのなら、遣らずにはすみますまい。貴方の血が眼を覚ましたのだ。シャラフシャーがこの上希う唯一つのことは、どうぞはやらず、一人の命も無益にはお使いなされぬように、と云うばかりです」と云ったのであった。彼の言葉つきはどうであろうとも、彼が尽してくれる真心、賢い忠言に変りある筈はない。昼前中二人は、望楼にいた。スーラーブは、アフラシャブの所へ送るべき密使のこと、至急調るべき糧食、武器などのことに就て、相談した。

        十九

 急なことであるにも拘らず、準備は、何も彼も、都合よく運んだ。殊に、スーラーブが、私かに最も不安に感じていた糧食の問題が、案外好結果に解決されると、彼は自分の計画全部に対する吉兆のように喜んだ。
 アフラシャブの許に至急送られた密使も、二十日後、スーラーブの、満足する返答を得て来た。アフラシャブは、スーラーブのこの度の企てと、彼自身が主将として行きたいという希望は、快よく容れる。援軍としては、一万の兵と信用ある五人の副将とを送ろう。但し、若しイランで勝利を得たら、後は、アフラシャブの命を待って事を進めること。万一失敗すれば、サアンガン領は没収する。というのである。
 スーラーブは、内心微笑を浮べて、勝手なアフラシャブの条件を聴取した。彼方から寄来すというフーマン、バーマンなどという戦士は、ツランでは第一流の戦士である。彼等が数年前アフラシャブの
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