て、自分を見るだろう父。その頭を被う兜の形から、瞳の色まで、ついそこに見えているようだ。自分は何として、その悦び、感謝を表すか。その時こそ、命は父のものだ。力を合わせ、アフラシャブを逆襲するか、或は王に価しないカーウスをイランから追うか、父の一言に従おう。彼としては、恥なき息子として、父ルスタムに受け入れられるだけでもう充分の歓びなのであった。
十八
感動? やや空想的すぎる火花が納まると、スーラーブは、一層頭を引きしめ、心を据えて、種々、重大な実際問題を考究し始めた。事実、幾千かの人間を動かし、小さくてもサアンガン一領土を賭してかかると思えば容易でない。然し、計画は、充分肥立って孵《かえ》った梟の子のように、夜の間にどんどん育った。
黎明が重い薄明りを歩廊に漂わせ始める前に、スーラーブの心の中では、ちゃんと、アフラシャブに対する策から、凡そ出発の時日に関する予定まで出来た。スーラーブは賢い軍師のようにうまいことを思いついた。それは手におえないアフラシャブを、逆に利用すること――自分ではなるたけ痛い目を見まいとするアフラシャブは、サアンガンが立ったときけば、きっと、それを足場にして、利得を得ようとするだろう。イランを、仮にも攻撃すると信じさせるに、サアンガンの軍勢ばかりでは余り貧弱だ。アフラシャブは、サアンガンの兵に混ぜて自分の勢力をイランに送って置けば、何かの時ためになると思うに違いない。ツランの力を分裂させるためにも、万一父の必要によって、その勢いを転用するにも都合がよい。加勢を、無頓着に受けてやろう、という考えである。互に連絡を持ち、敷衍されて行くうちに、策略の全体は、益々確かりした、大丈夫なものに思われて来た。
スーラーブは、自分の決意と、着想に深く満足した。すっかり夜が明け放れたらしようと思うことを順序よく心に配置し、彼は、誰にも見られず、自分の寝所に戻った。
ほんの僅かの時間であったが、スーラーブは、近頃になく、四肢を踏みのばし、前後を忘れて熟睡した。
彼は、目を醒した時、思わず寝過したのではあるまいかと愕いて飛び起きたほど、ぐっすり睡った。スーラーブが、元気で、心に何か燃えているもののあるのは、手洗水を運んで来た侍僕の目にさえ止まった。別に愛想よい言葉をかけたのでもないが、彼の体の周囲には、何処となく生新な威力に満ちたとこ
前へ
次へ
全72ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング