えられた答えは一つだった。何しろ戦争中は、統計がとられなかったので、と。もちろん、戦争の間にとられた統計はあったのだ。さもなくて、どうしてすべての若い女を勤労動員し、すべての学徒の、文科学生だけを前線にかり出すことが出来たろう。献金、献金、供出、供出と強要できたろう。八月十五日が来たとき、日本じゅうに灰色の煙をたててそれらの血ぬられた統計は焼却された。
 官僚統計さえ、その多くは焼きすてられなければならなかったような日本の実状へ、新しく響く民主化の声は、世論、というものの意味を人々に知らせはじめた。人民がどんな意見を云おうにも口をふさがれていた数年がつづいた日本では、公然と自分の意見を人前で発表することさえ八月十五日以来の新習慣であった。ある一つのことについて、日本の多数の人々の意見の総和が判断の基礎となって決定される。世論調査はそういう意味をもって行われるということまでは、こんにち殆どすべての人がのみこんだ。けれども、いわゆる世論調査がどのようにして行われるか、そしてあらわれた世論調査の結果はどのように利用されつつあるか、ということについて、必要な監視を自覚している人々は、まだ決して
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