だろうか。小さい柿の芽生えを、それがまだ小さいから、と無視するだろうか。割りあてられた話を終っていたわたしは発言を求めて「小さいものの意味」についてのべた。政治が、わたしたちの社会的な良心と道義、そして良識の判断に土台をおいた動きである以上、明日に育つきょうの小さいものを正しく評価するということは、全く当然なことではないだろうか。政治について婦人のもたなければならない自覚をもてと云われるなら、それは、政治の事大主義に膝を折ることではなくて、小さいながらまともな種《たね》をより出して、それを成長させる地道な見とおしをもつことではなかろうか。
ウォーレスの進歩党綱領が発表されたとき、わたしはあの日の光景を思い浮べた。そして小さいものの意義について切実に思った。日本の議会に圧倒的多数を占めて政権をもった政党が、全くその名を穢辱し、投票者たちを侮辱して公衆の目前にさらした数々のみにくさを考えながら。
吉田首相は、新内閣を組織し、議会を再開した。しかし一般施政方針について演説しない。そのことで紛糾している。施政方針を語らないままで、公務員法案は一気にとおそうとしている。そういう妙なことは何の基盤で出来るのだろうか。吉田は腹の出来た政治家と云われている。事務的に科学的にものごとを処理する人柄よりも、ワッハッハという笑いかたで解決する東洋古風型であると云われる。
トルーマン大統領がこんどの選挙に勝利したについて、いくつかの大新聞でトルーマン個人の人柄が、新しくとりあげられている。正直だということ、謙遜で熱心であるということ、ユーモラスで人気を集めている、ということなど。だが、トルーマンはそういう個人の人柄で当選したのではなかった。日本の新首相のように、へたぐされしてばたばたと墜ちてゆく諸政党のわきにひかえて、時期を待っていて、政権掌握をしたのでもなかった。トルーマンには民主党のタフト・ハートレー法の撤廃、人種差別の撤廃、物価引き下げ、強国間の協力推進という、明白な綱領があった。それらを要求するアメリカの大衆の意志にこたえる決意を明らかにしたからこそ、その人々の意志に支えられてトルーマンは当選した。ウォーレスの公正な政治的態度にバックされながら。そして、世界の平和と民主を欲する数千万人の注視のもとに。
日本の新首相が施政方針演説もしないで公務員法案を押しきろうとすることは、古い政治家の厚顔な腹の力かもしれないけれども、アメリカの大統領選挙の生々しい教訓は、日本のわたしたちにも少くない分量の真実を学ばせた。自身の政策さえもたない政党が、何の指図でその国の民衆を支配できるというのだろう。輸入品目録に施政方針がまぎれこんだからといって、日本の民衆が何よりもたしかに知っているのは自身の必要である。その必要にたって投票することの意義を示された。民衆の意志が施政に方針を与えそれを変化させ、その実現を監視する力の現実をアメリカ大統領選挙は日本の数百万の人々に教えた。次の一票には、おのずから、このような人民としての国際的な経験の重みが加えられることは自然である。[#地付き]〔一九四九年一月〕
底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「日本評論」
1949(昭和24)年1月特大号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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