て知る世界のすべての人にとって、それが存在し得ていることを不審に思わせていたいくつかの民主的と見えない法規への廃止と独占資本の害悪に反対する主張が示されている。
 ウォーレスは、保守勢力がその意外におどろいたほど広範な層の同感を集めた。在米の日本人二世の間にも進歩党支部がつくられはじめた。その看板をかかげず、投票権はもたないけれど平和と民主を愛する世界各国の人々の心の一隅に進歩党の支部はその場所を発見したのだった。民主党のトルーマンにも共和党のデューイにも進歩党の政策がないということが共通した政策である、と批判されていたとき、ウォーレスの進歩党はアメリカの人々に、論議に価する綱領を示した。
 ウォーレスの選挙演説に加えられた妨害はひどくて、トルーマンが大統領として、妨害禁止のための声明を発しなければならなかった。妨害を行った二人の被告が、検事から「罰として労役に服すか、ヴォルテールの言葉を一人は五百遍、一人は三百遍書きうつすか」ときかれて、ヴォルテールの言葉を写す方を選んだエピソードも生れた。彼等が幾百ぺんかかきうつしたヴォルテールの言葉というのは次の文句であった。「わたしは君の意見に全く反対である。けれども君がそれを話すという権利は飽くまでも守るであろう。」
 選挙の最後の二週間に、トルーマンは彼を制約しつづけた南部への気がねをふりすて、民主精神に反した第八十議会の失敗を明瞭に指摘しはじめた、と日本の新聞は報じている。所得税の問題、物価問題、人種問題などを漠然ととりあげていたトルーマンは、今やタフト・ハートレー法の非民主性について演説し、世界ファシズムに反対し、強国間の協力の可能について言及しなければならなくなった。ウォーレスの政策の一部をトルーマンの演説の中にとりいれなければならなくなり、そのことによって、民衆の同意を求めなければならなくなった。
 ウォーレスに投票された百十万票は、現代の歴史を正常に発展させるために無限の価値をもっている。トルーマンがブルジョア政党である民主党に属していることには、何のかわりもない。その政党の議員の或るものはタフト・ハートレー法を通過させ、黒人に市民権を与えることについて反対しつつあるその民主党選出の大統領となるためには、トルーマンもウォーレスが正当に主張した、人民の意志を代表する民主的綱領にいくらか近づかなければならなかった。このことにこそ、人民の要求のごまかすことのできない力が示された。トルーマンが公約した民主的政策が実現されるか、それともブルジョア政党らしいジェスチュアに終るかということに対して注目し監視しているのは、アメリカの民衆ばかりではないのである。
 このたびの大統領選挙が世界の視聴を集めたのは、デューイとトルーマンとのたたかいにおいて、アメリカ民衆の民主的な意志と、世界の平和的善意、理性とがどう反映するか、そこが見ものであるからだった。重大さはそのことにあったにもかかわらず、日本では天下りに共和党デューイ個人の当選確実があんなにも注入され宣伝された。このことも日本のわたしたちにとっては忘れられない。

 一九四六年の二月ごろであったろうか。婦人民主クラブが第一回の創立大会をひらいた。会場である共立講堂へニュースのライトが輝いたらしく、派手な空気は、わたしをおどろかした。婦人民主クラブの成立に関係をもった幾人かの婦人が話をした。加藤シズエ夫人もその一人だった。もうそのころ立候補がきまっていた夫人は、婦人と政治的自覚について話し、彼女の見たアメリカの選挙を手本とした。民主的な議会政治では議席を多くしめる政党が政策を実現できる。どんなに立派な政策をもっている政党でも議員が少数では、何も実現しない。彼女がアメリカにいたとき行われた選挙で、ある一人の学者が中立で立候補し、その人格と政策は多くの人の信頼をあつめていたが、彼女の周囲のアメリカ人はその人に投票しなかった。何故かときいたらば、議会内での少数では無意味という根拠から、民主党か共和党かへ投票する、という答えだった。夫人の結論は、民主的政治の実際というものはこういうものだから、日本の婦人はよく自覚して、議会で多数を占める可能性のある政党の候補者に投票すべきであるというのだった。
 かたわらできいていて、わたしの心におさえがたい思いがわいた。果して婦人民主クラブは大きいだろうか。婦人民主クラブというところにあつまる婦人たちの民主的な自覚が大きいと云えるだろうか。既成の大きい[#「大きい」に傍点]力・多数の力ということを強調するならば、小さい婦人民主クラブが存在する意義はないし、わたしたち一人一人のうちにある小さな善意、小さい誠実の社会的な価値とその機能は期待されない。子供が小さいから、よく実利を発揮しないからと云って育てない親がある
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