の精神を強壮にもどし、暢《のび》やかなものとし、自身をしっかりと歴史に立たせるために、今日するべきことは何であろうか。
 精密な、そして情愛にみちた一つの仕事がここに提示されていると思う。これは、とくにこの戦争以来、私たちの精神をいためつづけてきた暴力によってつくられた、われわれの内部的な抗議の自意識へ固執する癖、という複雑な社会史的コムプレックスをとりあげて、それをほぐし、そこまで飛躍することであろうと思う。

 今日、あちらこちらで聞く言葉がある。それは、民主日本の扉が開かれることになってから、どんなにか従来の進歩的であった人々が溌剌と躍動して、思想の面にも次々に新鮮なおくりものをするかと期待していたところ、その現実には案外に飛躍性が現れてこない、ということである。たとえば、ここに一つの論文がある。書かれている要旨は進歩に目標をおいたものであり、ラディカルでさえあるものなのに、その文章の行間を貫く気魄において、何かが欠けていてものたりない。そういうことをしばしばきく。かえって、抑圧がひどかったとき、岩間にほとばしる清水のように暗示されていた正義の主張、自由への鋭い憧憬の閃きの方が、
前へ 次へ
全25ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング