あった人見絹枝さんが女子選手を引率して行く途中モスクワへよられました。大使館でその歓迎と幸先祝いの晩餐がひらかれ、私も座に連ったのですが、そのとき人見さんは一同を眺めわたしながら高々とした声で「このお嬢さん達をつれて歩くのは容易じゃありませんよ、何しろふだんは寝床をあげたこともない身分の人たちばっかりですからね。――みんなこっそり何百円て、お小遣いもらって来ているんです。そうでしょう?」と云う意味のことを云い、娘さん達は白いきれいなユニフォームの肩をくっつけあって、にこやかに誇りをふくんで笑い、敢て否定する人もありません。その場の言葉と光景とは私の心に刺すようなものを感じさせ、そのときの感じは今も消えず、今度の暴行沙汰のような折、生々しく甦って来て、再び多くのことを考えさせるのです。
 地方の女学校に教師をしている友達が、面に恐怖を浮べて、対校競技の時他の教師達がこぞって競争学校の生徒に対する女学生の敵愾心、反感を煽る有様について語ったことをも、現実の問題として思い浮ぶのです。[#地付き]〔一九三三年十一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和5
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