も使いへらして来た女のひとが、目の前に見得るのが満天の灰色な空虚でしかないことも、恐ろしいことです。精神的にも、女の自主的な部分が拡大されることは、私たちの生活の毎秒ごとに起っている悲劇のいくつかを防ぐであろう。悲劇を惨劇に終らせぬ力を増すだろう。そのためにもと、あなたは、女に職業としてではなくても仕事があった方がよいとお考えになる。
家庭にいても何か一つ本気でやろうとする仕事をもっていれば、確に彼女は時間の上手なやりくりや家事の単純化を実行するでしょう。些細な日常の感情|軋轢《あつれき》を整理することをおのずから学ぶであろうし、その点では、仕事そのものの上達につれて二重の賢さ、生活術を会得してゆくわけになります。この事は実際上、良人や子供の理解なしにはなりたたないから、好都合な事情で運べば、よい妻、いい母さん、そして手芸であれ、エッチングであれ何か一つの仕事をもった女主人として、描かれる一家団欒の画面は非常にこまやかで活溌な生気に溢れていることも想像し得るのです。
女の生活と仕事をもつことの意味、有益さについて、ここまでは至極わかりやすいのではないでしょうか。結婚したら女房には稼がせたくないという考えをもっている若い男が今日もなお多勢います。そのために、自分の薄給では結婚もできずにいる不幸な青年たち、今日の多難な社会で特別な経済的根拠も持たない若い男と女とが、ともに助け合って生きてゆく結合の形として、家庭というものをいまだに長火鉢中心の古い型にあてはめて不自由に、消極的に考えている不幸な男のひとたちでも、以上のような意味ですすめられる女の仕事を、一概にけなすことは不可能でありましょう。
抽象論としては一応誰にも納得されるだけに、私たちはこの女と仕事の問題を、注意ぶかくしらべる必要があるのだと思います。なぜなら現代の女の生活は、実に複雑な経済的文化的な諸事情に影響されているのですから。――
まず、一人の女が生きてゆく上で心のよりどころとなる仕事というからには、それが、ただ好きだというだけでは不十分です。その仕事によって、ある程度の生活保証もできるだけの仕事でなければならない。一つの技術の上達に対する確信に加えて、それによって社会的にも一人立ちしてやって行けるという自信、安心。生活の実際ではこの点が将に重大な意味をもっている。これは否めない事実です。
たと
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