た池のぐるりだけで、そこは分譲地にはならないから市の小公園になった。崖下は住みての種類がまるでちがっていて、崖下の家々の男の子らはよろこんで、夏はタモをもって来てその池のぐるりを駈けまわった。合歓木《ねむのき》がその崖に枝垂れて花咲いたりする眺めもある。
 外国の住宅区域というところを歩くと、たとえ塀はどんなに高くていかめしくても、そこに何か風流な工夫がほどこされてあって、思いがけぬ透格子や鉄の唐草の間から、庭のたたずまいが見えたりして、一つの街の風景をもなしている。
 その界隈にこの頃たつ家は、いずれもぐるりをコンクリートの塀で犇《ひし》とかこって、面白いこともなさそうに往来に向って門扉も鎖してしずまっている。だが、昔ながらの木と土と紙でこしらえた家のまわりだけをそんないかめしいコンクリートでかこってみるのはどういうのだろう、そこには奇妙な感じもある。
 夏のある朝早く、やはりそういうコンクリート塀の横を歩いていた。その塀は長くてなかなかつきない、一丈もあるその塀よりもっと高く繁っている樹木の枝が上から房々と垂れて、その片側もやはり塀であった。細い一本の道がそこを通って坂の下へと向っ
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