やりきれぬという啼きかたをしている。
往来の方へ、黒子の多い女の顔のようなその顔を向けて、啼いている。今のさっき啼きはじめたのではない啼きようだのに、家のなかはコトリとも物音をさせず、屋根の瓦も羽目の色も雨に濡れそぼったまま二階の高窓はかたく閉っている。ぶちまだらの犬は雨で難渋しているというばかりではなく、その難渋のありようのうちに耐えがたい何かがあって、それが啼かせるという風に、なきながら小舎の屋根の上で絶えず蹠《あしうら》をふみかえているのであった。
佇んで傘の下から見ていたが、そんな玄関前の雰囲気で生活というものをやっている家の人々の気持も、受け身の形でそれをうつしているようなぶちまだらなその犬の佗しさも、そこの雨の中にある全体の有様は哀れさと腹立たしさとを交々に感じさせるのであった。
その日はそうやって通りすぎた。それからあと、雨が降る日には、道のそっち側へいつも傘を傾けるようにして足早に通った。犬はずっと、雨が降りさえすると、やっぱりそこで小舎の屋根の上へ登って、黒子だらけの女のような顔をこっちへ向けては啼いているのであった。
朝のコリー
十年ぐら
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